第57話 交代要員(2)

 アケボノさんにはお世話になった恩をあだで返すようで申し訳ないけれど、私も彼の対応は良くなかったと思う。私の代わりに混乱に巻き込まれることになった気の毒な「後任」にはそれほど興味がなかったが、なんとなく引け目もあるし、一応どんな人なのか、尋ねてみることにする。何歳ぐらいの人なのか、習っていた格闘技は何なのか、どのくらいの腕前なのかとか…あれ、興味ないって言ったてた割には、結構根掘り葉掘り聞いちゃってるな、私。軽く、いや著しくプライバシー侵害だ。そもそも天界交通の社員ではないリンドウさんが、新しく来た人の個人情報なんて知るわけないのに。しかしリンドウさんは知っていたようで、悪びれることなく、しれっと答える。

「そうだな…田中のおっさんの話だと、島村さんと同じくらいの年頃の女の子で、確か高校生くらいだって言っていたっけ…習ってたのは空手で、腕前までは、実際に手合わせしたわけじゃねぇから、わからんな」

 田中のおっさん? 一瞬誰のことだか分からなくなって固まる。ええと、誰だっけ、ああ、ウィルさんか。田中ウィリアム宏。初対面の時にフルネームを聞いたのに、もうすっかり忘れていた。それはいいとして、ウィルさん、社外の人に新入社員のそんな情報漏らしたらダメだよ…。

 リンドウさんが壁のシフト表に目をやる。

「ここには書いてないみたいだが、その子今日は10時から本社で研修だってさ。島村さんはもうあがりだし、気になるなら今から行って見てくれば。もしかしたら向こうももう帰ってるかもしれんけど」

 ありがとうございますと言って、私は第一営業所の事務室を後にした。振り返ってドアを閉めるとき、見送るリンドウさんの笑顔が少し寂しそうだったので、私もつられてしんみりしてしまう。

 玄関から前庭に出て、葉の落ちた木立の間を潜り抜け、敷地を隔てる正門へと向かう。夜間や休業日には防犯対策のため施錠されている正門は、営業時間中は、バスの出し入れのため、開け放してあるのだが、その正門のすぐ外に、誰か背の高い人が遠慮がちに立っている。定期券か何かを買いに来たお客さんだろうか。営業時間中で門も開けてあるのだから、遠慮しないで入ってくればいいのにと思い、声をかけようとしたところで、相手が私にとって見覚えのある人物だったと気づく。高い身長、根元を染めるのが追い付かなくてプリン状態になっている金髪、はっきりとウエストのくびれがわかる、グラマラスな胴体…。もしかして…。

 スタイルが抜群によい金髪ギャル…というよりヤンキー少女といった方がしっくりくるか…が口を開く。

「よっ、恵理、おひさ。元気にしてた?」

 私の目の前にいたのは、間違いなく、私の夢の一件で気まずくなっていた古い友人、チハ姉こと高木千晴たかぎ ちはるその人だった。

 

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