第56話 交代要員

 ナオ君と黒砂さんに別れを告げた翌日、私は勤務最終日を迎えていた。吸血鬼病の感染拡大の深刻化に伴い、天界交通は先週から観光バス事業を休止し、現在は路線バスの運行と臨時の「感染対策事業」の2つに絞って活動している。バスガイドの私も、ツアーの仕事がなくなったので、この日は最後なのにもかかわらず、ガイドらしくない消毒と見回りの仕事だけだった。帰る日までバスには乗れず、大好きな海沿いの道や、鉱山の跡地を見られないのが残念だったが、仕方ない。今はただ、目の前の、自分のやるべき仕事をするだけだ。

 警備の仕事で一緒になったのはリンドウさんだった。私の「辞職宣言」の現場にいた、というより辞めて避難することを勧めてくれた張本人なので、ここで改めて挨拶することもないだろうとは思ったが、念のため今日が勤務最終日であること、4日後にはこの世界を離れること、今までお世話になったことへの感謝は伝えておくことにした。後は、よりによってこの大変な時期に、皆を見捨てるような形で、自分だけ1人で逃げてしまうことへの引け目も。

「中途半端な時期に、急に辞めることになって申し訳ございません」

 別れの挨拶をそう謝罪の言葉で締めくくり、私は頭を深々と下げた。顔を上げると困惑気味のリンドウさんと目が合った。

「中途半端な時期って…辞めろって言ったの俺だし、別に島村さんが気に病むことじゃないだろ」

 ここで彼は煙草を取り出し、私に吸っていいか確認する。この世界というか、この界隈の住人の喫煙率は非常に高い。そういえば、朔子さんも、アケボノさんも吸っていたな。妙なところで感心していると、別に私の思ったことを察したわけではないと思うが、リンドウさんが絶妙なタイミングで、煙と一緒に大きなため息を吐き出した。

「あと、こんな大変なときにってのも、そんな気にすることねぇよ。島村さんの見回り業務の後任、もう決まったらしい。騒ぎがおさまって、観光バスのビジネスが復活したら、ガイドの仕事もやるんだと」

 ここでリンドウさんは煙を吸い込むために一旦言葉を切る。吐き出すときはまたため息が一緒だった。

「しっかし、アケボノのおっさんはわけわかんねぇな。一方で島村さんを逃がしておきながら、もう一方では新しい子を捕まえてくる。連れてきたところで、バスの仕事はねぇし、「隔離」の方にまわるにしたって、ちょっと習い事で武術の基礎をかじった程度だっていうから、無駄に危ないことに巻き込まれて終わりだと思うんだけどな。ほんと、どうかしてるぜ」

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