第53話 作戦会議(2)
問題の話が出たのは、会議の後、皆で機材や資料の片づけをしている時だった。
スライドを壁に映すのに使った映写機とパソコンを所定の箱にしまいながら、リンドウさんが唐突に口を開いた。
「今ここで 言う話じゃないかもしれないけど」
ホワイトボードのメモ書きを消していたアケボノさん、椅子の位置を直していた朔子さんが手を止めてリンドウさんの方を見る。黒砂さんは急な電話対応があったらしく席を外していた。リンドウさんを除く自警団の面々は、すでに見回り任務に戻っているらしく、姿が見えない。リンドウさんが話を続ける。
「はっきり言って状況はどんどん悪くなってる。町で見かける凶暴化した感染者は増える一方だし、死人の数もそうだ。吸血鬼との武力を使った戦いもこれからどんどん激しくなっていくだろうし、医療関係の人手や物資が足りないのはもちろん、下手したら「非感染」の民間人の分の食べ物や日用品も、運送業者が罹るのを怖がって、こっちの方には入ってこなくなるかもしれない」
リンドウさんはその先を言うべきかどうか迷っているらしく、一旦ここで言葉を切り、思案を巡らせるように視線をさまよわせた。沈黙が広がり、皆が彼の次の言葉に注意を向けていることが分かる。私は勝手に粗暴な人だと決めつけていたが、ここまで他者に自分の話を聞かせる力があるということは、案外リーダーの素質のある切れ者なのかもしれない。
「バスの仕事だけじゃなくて、隔離の仕事も一生懸命やってくれてるって聞いたから、その、悪いなとは思うんだが…島村さんにはもう帰ってもらいたいんだ。…オッサンたちも、年頃の女の子に、血まみれの修羅場なんて見せたくねぇだろ」
再び重い沈黙が流れる。少しして、最初に言葉を発したのは朔子さんだった。
「それはそうですけど、いきなり帰れだなんて…」
困惑する朔子さんの思いを、ウィルさんが補足して代弁する。
「まあまあ、別に俺はリンドウ君に反対しないけど、島村さんだって向こうで色々あったから、こっちに来てくれたんだろうし、そこまで元の世界に帰ってもらうことにこだわる必要はないんじゃないかな。彼女を吸血鬼から守りたいってことなら、感染者の少ない北部の営業所に配属を変えてもらうよう上に頼んでみるとか、第一営業所に残るにしても、警備の仕事を免除して、バスの仕事だけにしてもらえないか相談してみるとか、他にも方法はあると思うよ」
「ウィルさんのおっしゃるとおりです。最適解は、必ずしも1つとは限りません」
この場を締めくくるのは、やはりアケボノさんだった。
「それに、社員の配属を決めるのは人事と経営陣、元の世界に帰るかここに残るかを決めるのは島村さん自身です。今ここで、決定権を持たない私たちが外野で言い争っていても、答えは出ないでしょう」
アケボノさんが、リンドウさんから私に向き直る。
「島村さんは、どうしたいですか?」
私は混乱していた。確かに、吸血鬼の脅威が広がるこの町から逃げ出したい気持ちはあるが、私に衣食住を提供し、日々丁寧に仕事を教えてくれたウィルさんたちのことを思うと、恩をあだで返すようで、自分1人だけで安全な場所に逃げる気持ちにはなれないのだった。それに、元の世界に戻ったところで、私には行くあてなどなかった。帰ったところで、家族の帰ってこない家で、飢えの危険におびえ、不安な毎日を過ごすしかないのだ。
黙ってしまった私に、アケボノさんが助け舟を出す。
「今この場で直ちに結論を出すのは難しいでしょうし、最悪、月末までに考えていただければ…」
「私、元の世界に戻ります」
アケボノさんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、私は答えていた。
「これ以上、皆さんの厄介になることはできません」
その場にいた全員が息をのむのが分かった。言い出しっぺのリンドウさんでさえ戸惑いを隠せない様子だったが、1番困惑していたのは私自身だった。どうして、自分は、そんなことを言ってしまったのだろう。まだ、帰る決心は、はっきりとはついていないのに。だけど、言ってしまったからには、その言葉に出してしまった「決心」を変えるつもりはなかった。私は近いうちに、元の世界に帰るのだ。
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