第52話 作戦会議

 療養所までお見舞いに行った次の週の木曜日、私は第一営業所の面々とともに、本社2階の会議室に集まっていた。第一営業所の従業員だけでなく、本社の吸血鬼病対策本部部長に任命されたアケボノさん(この人も兼任で任される仕事が多くて心配)や、リンドウさんを中心とする自警団のメンバーも勢ぞろいしている。従来の報告会は、リンドウさんと天界交通社長、アケボノさんのたった3人で行われていたと聞くから、下っ端の私も含め、これだけたくさんの人が集められたということは、これからされる報告は、決してめでたいものではなく、なおかつ深刻な内容なのだと理解できた。

 全員が席に着いたところで、議長のアケボノさんが口を開く。

「皆さん、本日はお忙しい中、吸血鬼病の対策会議にご出席いただき、ありがとうございます。まず、手元の資料をご確認いただきたいのですが、先日の社長同席の会議で使用したスライドをまとめた、ホッチキス留めの資料が1部、両面印刷で、全部で4ページございます」

 会議室中に、資料の点検のために、皆がパラパラと紙をめくる音が、波のように広がってゆく。

「ページの抜けや、印刷が著しく不鮮明な箇所はございますでしょうか。問題なければ始めさせていただきます」

―問題ありません。

―大丈夫です。

―始めてください。

 何人かが言葉によって答えた後、残りの数名が黙ってうなずき、進行への同意を示した。少しぼんやりしたところのある私は、確か後者の方だったと思う。

「資料にもある通り、現在の吸血鬼病の感染状況はかなり深刻な段階にあります」

 アケボノさんは資料をめくりながら、現時点での厳しい状況について淡々と述べた。地域の医療機関や各種交通関係の事業者、自警団などの有志による消毒や隔離活動の成果が出ず、感染者数の増加が顕著であること。治療のための新薬やワクチンの開発が難航しており、患者の死亡率の削減および感染終息のめどが立たないこと。業界を問わず、感染を恐れて北部地域へ避難する人が増えているため、第一営業所の属する南部地域では人口の流出と各分野での人材不足が深刻化していること。彼が話す内容はどれも絶望的なものだった。

「今後は、吸血鬼病対策のあり方を、抜本的に見直さなくてはならないでしょう」

 会場が、しんと静まり返る。私たちはまず個人での手洗い、うがい、マスク着用を徹底したが予防効果はほとんど見られなかった。次に町の公共施設の消毒や、感染者の隔離を丁寧に行ったが、それもダメだった。ワクチンや薬の開発もうまくいっていないようだし、そもそも医療の素人である自分たちには手の出しようがない課題だ。自分たちでできる身近な対策は、すべてやり尽くした。これ以上、どんな方法があるというのだろうか。1時間の会議は重苦しい沈黙の中で終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る