第49話 山奥の療養所

 久々に迎えた、仕事のない日曜日の朝。私は前日から泊まっている朔子さんの家でだらだらとテレビを見ていた。足元の小さな肩掛けカバンにはこれから行く外出先で使う荷物が入っている。

「お見舞いの品、何がいいでしょうか。ヤエちゃんが好きなメロンは、先日ナオ君が持って行ったばかりなんですよね」

 運動系部活動の合宿に持って行くような、手提げタイプの大きなスポーツバッグに荷物を詰めながら、朔子さんが尋ねる。傍らには消毒の時に着る白い防護服の他、同じく消毒や見回りの時に使用する麻酔銃、薬剤噴霧器といった物々しい装備が置かれていた。宿泊も想定しているのか、旅行用の歯ブラシセットや着替え、パジャマまで用意されている。ヤエちゃんの入院先は山奥の療養所だと聞いていたので、交通の便が悪く移動に時間がかかることは想像がついたが、まさか日帰りで帰れないほど遠くの施設に収容されているとは思わなかった。それに、見回りの時の道具一式を持っているということは、道中でいつ吸血鬼に襲われるか分からないということだ。そもそも療養所の患者さんに攻撃されないという保証もないし…。他の果物か菓子折りがいいんじゃないですかと答えながら、私はなんでこんな怖そうな場所に行くことにしてしまったのだろうと後悔する。

 きっかけは、黒砂さんと2人で行った初めての見回りの時に、吸血鬼に襲われているヤエちゃんの弟・ナオ君を偶然発見し、(黒砂さんが)助けたことだった。その後の会話で、ナオ君が山奥の療養所にいるヤエちゃんを見舞いに行くところだったとわかり、ヤエちゃんを心配し、なおかつお見舞いの品のメロンに心を奪われた私は、ナオ君に次に行くときは自分にも声をかけてとお願いし、お互いの端末の連絡先(私はスマホ、ナオ君はキッズケータイを使っている)を交換して別れたのだった。それで、ナオ君の方から、よく考えてみたら僕と一緒じゃなくても大丈夫だよね、療養所の場所とお姉ちゃんの入院してる部屋さえわかれば行けるだろうし、と入院先の情報を伝えるメールが届き、早速休みの日に朔子さんと予定を合わせて2人でお見舞いに行くことになった。しかし、行く先はあの「吸血鬼病」の患者さんが(言い方は悪いが)うろうろしている場所である。自分みたいな戦いの素人が、腕が立つかどうかも分からない朔子さんと2人で行って大丈夫なのだろうかと今更ながら不安になってしまう。

 そんな私の不安などいざ知らず、朔子さんはまるで遠足に行くかのようにいそいそと荷造りを進めている。食べ物だけでなく、暇つぶしの漫画なんかも持って行ってあげた方がいいかしらなどと言いながら。もう言い出しっぺの自分が悪いのだとあきらめて、私も朔子さんを見習い、年の離れた旧友・ヤエちゃんとの再会を楽しむことに専念した方がよいのだろうか。それでも、やっぱり吸血鬼になった人は怖い。

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