第47話 初任務(3)
機材を壁と壁の間に挟まないように注意しながら、路地をくぐり抜け、声のした方へと駆け付ける。見ると、路地を抜けた隣の土産物屋の通りで、小さな風呂敷を抱えた5,6歳くらいの男の子が、背の高いやせた男に追いかけられ、必死に走って逃げている。ここに来るまでの間に随分と長い距離を走っていたのか、男ははぁはぁと荒く呼吸していたが、その口元には、鋭い牙があった。どうやら吸血鬼のようだ。私より先に通りに出ていた黒砂さんが、男めがけて青い羽根のついたダーツの矢のようなものを投げつける。麻酔銃の注射針の部分だろうか。矢は見事男の右の二の腕に刺さり、男はひざからどさりと地面に崩れ落ちる。お見事。
私の下手な射撃の出番がなくて良かったなと思いながら、私は防護服の上からでもわかる腰の上の細長い塊…麻酔銃をそっと手でなぞった。と、いうより、そもそも服の下に銃があるこの装備の仕方ではいざというときに相手を撃てないじゃないか。次回からは銃の入った腰ベルトは防護服の下ではなく上に巻いて、気休めでもいいので、とりあえず実戦に備えるようにしよう。一方私たち(ではなく黒砂さん)に助けられた男の子は安心したのか、石畳の上に座り込み、号泣している。
「うわぁぁぁん、死ぬかと思ったよぉ、ありがとう」
涙で濡れた瞳でこちらを見上げる男の子はどこかで見かけたことのある顔だった。とび色の髪に、くっきりとした大きな瞳。もしかして、君は…。
「ヤエちゃんの、弟君?」
男の子は指で涙をぬぐいながら、こくりとうなずいた。やっぱり、ヤエちゃんの一件のときに、銭湯で知り合ったあの男の子だったようだ。
「お母さんとお姉ちゃんのお見舞いに行こうとしたら、さっきの変な人が追いかけてきて…怖かった、ぐすん」
そして、風呂敷包みの中はメロン。お母さんやお姉ちゃんと3人で分けて食べるつもりだったが、さっき転んだので傷めてしまったかもしれないということだった。
私はすばやく思案を巡らせる。お見舞いに行くべきか、行かないべきか。行けばメロンのおこぼれにあずかることができるし、何より山奥の療養施設に閉じ込められているらしいヤエちゃんのことは以前からずっと気がかりだった。だけど今は仕事中なので、勝手に抜けるわけにはいかない。とはいえ、吸血鬼がうろうろしているかもしれない町の中を小さな子一人で行かせるのも心配だったので、アケボノさんに電話してまずは指示を仰ぐことにした。彼によれば、路線バスのバス停まで行けば誰かしら天界交通の見守り要員がいるので、現在地から最寄りのバス停まで送ればいいということだった。弟君はもともとバスで行くつもりだったらしく、話はすぐにまとまった。次にヤエちゃんのところにお見舞いに行くときは私も呼んでねとお願いしたところで、迎えのバスがやってきて、リュックサックを背負った弟君の小さな背中は、扉の向こうへと消えていった。
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