第46話 初任務(2)

 今度は消毒作業で一緒になる人を確認したくて、もう一度シフト表を確認する。明日、私と町を回るのは、黒砂さんだった。そういえば、彼と同じ現場で仕事をするのは異世界に来て初日の掃除以来、初めての気がする。バスツアーで同乗する運転手はだいたい朔子さんかえアケボノさんのどちらかで、最近始めた営業所の窓口業務はウィルさんに教わりながら行い、それよりさらに始めてから日の浅い、銃の訓練は、ウィルさんかリンドウさんの指導の下で行っている。車両の整備を専門とする黒砂さんとは普段の業務の中で関わることはほとんどないのだ。

 おまけに銭湯でヤエちゃんが他の女性客に噛みついたあの事件があってからは、「隔離要員」「警備要員」としての役割が大きくなってきたのか、黒砂さんはあちこちに研修(の教える側)や実際の警備の仕事で呼ばれるようになり、営業所にも滅多に姿を見せなくなった。ウィルさんによれば、私がツアーの仕事で留守にしている間に戻ってきて、今まで通り車両の整備をしているということだったが、以前のように朝夕の食事をともにすることもなくなったし、夜も本社の方に寝泊まりしているらしいので、クロなら今まで通りここにいるよ、と言われてもいまひとつピンとこない。いずれにせよ、次の日に彼に会えるのは嬉しく、一方で、久しぶりすぎるがゆえに、自然にうまく話せるか少し不安でもあった。まあ、相手は既に結婚している人らしいので、別に、話せたところでどうなるというわけでもないのだけれど。


 久しぶりに見た黒砂さんは相変わらず美しかった。浅黒い肌に、筋肉質だが細身で引き締まった体、肩まであるつややかな黒髪。目尻にうっすら笑いじわがあるのと、手の血管が少し浮き出ているのを見て、私の思っているよりは年配の人なのかもしれないと感じたが、子どもが何人もいるなら子育ての疲れで老けてしまっても仕方がないのかもしれない。しかし、私たちが作業中着せられていたのは予想していた通りの白い防護服で、黒砂さんの美貌も、しわも、血管も全部隠れてしまった。これではあこがれの人と一緒でも何の意味もない。

 せっかくの2人での外出なのにとがっかりしながら、噴霧器の栓を緩め、ちょろちょろと薬を撒く。だめだ、噴出孔の栓を緩めすぎて、ちゃんとスプレーできていない。私は半ば投げやりになりながら、本当はあまり聞きたくない質問を隣の黒砂さんに投げかけてみる。

「今度職場の皆さんにお菓子でも差し入れようと思うんですが、黒砂さんのところって、お嬢さん3人でしたっけ」

「そう。1番上の子が12歳で、島村さんと同じくらい。生意気だけど、みんなかわいいよ」

 おいおい、「島村さんと同じくらい」って何だよ。僕は島村さんを娘のような存在、単なる子どもとしてしか見てませんってこと? もちろん、まっとうな大人なら中学生女子をを若い女と見なして、鼻血を出すのではなく、ニュートラルな「子ども」として、親の目線から愛でるのが正解だと思うので、正しいことを言っている黒砂さんを責めるのは筋違いなのだけれど。私だって、そこら辺の大人の男から変な目線を向けられるのは嫌だ。黒砂さんだったらいいけど、当のご本人はこちらに対してそういう意味では全く無関心。少しくらいならきゅんとしてくれてもいいのに。

 はあ、何だかつまんない展開になっちまったなと思いながら、重い機材をのろのろと引きずっていると、細い路地の奥から、子どものものと思われる甲高い悲鳴が聞こえた。

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