第45話 初任務
「島村さんは、見回り明日からだっけ」
私の不安の原因となった張本人…ウィルさんに尋ねられ、まだ今月の自分のスケジュールを把握できていなかった私は、ポケットの中に折りたたんであった紙のシフト表を広げる。
「ええと、そうですね。明日は午前が消毒薬散布と見回り、午後が来週のツアーの打ち合わせと、営業所の窓口対応です」
「そうか、薬剤散布は荷物が重くて大変だと思うけど、頑張って」
テレビで何度も目にした、感染予防のための白い防護服を着て、掃除機だかホースだかよくわからないものを引きずりながら街をさまよう自分の姿を想像し、私は暗い気持ちになる。まるで、新型の肺炎が流行していた、あの外出自粛の時代に、自分だけまた引き戻されてしまったようだ。元の世界では、少なくともあの病気による感染症騒ぎはとっくに落ち着いているというのに。
思えば、この世界は、私が最初に想像していたファンタジーの世界とは全く違うようだった。感染症もあれば、ワクチンの開発をする人やお医者さんもいて、バスやタクシー、電車といった現代的な交通インフラも整っている。ヤエちゃんが短期間通っていた小学校には宿泊行事もあり、バスツアーのコースには鉱山跡や温泉施設など、いかにもそれっぽい観光名所が含まれていた。少なくとも今のところは魔法使いや剣士なんて見かけたことはないし、人間に姿の似たエルフやドワーフなどの別の種族がバスに乗っていたこともない。(吸血鬼は種族ではなく、人間を凶暴化させる恐ろしい感染症であり、前の世界の狂犬病と同じような位置づけの病気なのだと思われる。)本当に、前の世界とたいして変わらない、現実的で、夢のない異世界だ。それでも、元の世界と違って、衣食住を保証してくれる人がいて、理由もなく私を殴りつける理不尽な同居人もいない。それだけで十分ありがたかった。
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