第4章 天界自警団

第44話 防衛訓練

「おお、島村さん、おかえりなさい」

 何でもない日曜日。仕事を終え、バスの前部ドアから降りる私を、ウィルさんが笑顔で出迎える。

「射撃訓練、だいぶ上達してるみたいだね」

 私は苦笑いしながら会釈する。まさか、インドア派の自分が、いくら必要に迫られたとはいえ、小学生の頃に読んでいた少年漫画の主人公のように、強さを求めて武の道を極めることになるとは思っていなかった。もちろん、訓練を始めてから1か月と日が浅いので、「極める」というレベルには程遠く、まだまだ様にはなっていないのだけれど。

 事の始まりは、バスツアーの解散場所だった駅前バスターミナルが吸血鬼の群れに襲撃され、その場にいたバス関係者や乗客が全滅したことだった。幸い、襲撃より後の時間にターミナルに着いた私たちの車には被害は出ず、臨時の終着地点となった第一営業所まで無事お客さんを送り届けることができたのだが、それでも奇病の脅威が身近に迫っているという事実に変わりはなかった。町でも被害の報告が急増しているという状況を受け、天界交通では、以前からあった自警団との連携を強化し、本来のバス運行業務のほか、自社営業所やバスターミナル・バス停周辺を中心とする町の警備も会社の正式な仕事として組み込まれることになった。当然、戦闘の素人である私には厳しい戦いの基礎が一から叩き込まれることになる。

 銃の指南役はウィルさんとリンドウさんだった。2人とも、銃を構えるときは目線と同じくらいの高さで構え、撃つときは反動で飛ばされないよう腰を落とし、重心を下げるといった基礎中の基礎(だと思われること)などから1つ1つ丁寧に教えてくれたが、なかなかうまくいかない。初めに渡された銃は引き金が固すぎて引けず、あえなく子ども用(そんなものがあるなんて恐ろしい)の比較的引き金の緩いものに替えてもらった。教わった通り、腰を落とし、目線の高さで構えた銃口を目標物のある方向へ向け、いざ引き金を引いてみても、撃った反動で腕が跳ね上がり、弾はあらぬ方向へ飛んでいく。おかげで初回の1時間の講習を終えるころには天井や床、的の後ろの壁など、いたるところに穴が開いていた。


「まずは腕の筋肉と下半身の筋肉を鍛えねぇとだめだな」

 リンドウさんの提案により、腹筋と腕立てをそれぞれ毎日50回2セットずつ、例の運動公園のトラックを1日10周ずつというインドア派にとってはなかなか厳しいトレーニングメニューが追加された。もともと運動神経はいい方だったし、小学校の頃は外遊びが好きで、足もどちらかといえば速かったのに、中学に入ってからは、遊びに行ってもカラオケやゲームセンターなど体を使わない娯楽施設ばかりで、運動するのは週3回の体育の時間だけになっていた。物騒な異世界に行くことが分かっていれば、もう少し頑張って普段から鍛えたのになと後悔する。


 ウィルさんは、島村さんの仕事は戦うことじゃなくて、町を見張っていて何か変なことが起きたときに会社の「隔離担当」(要は吸血鬼と戦う戦闘要員)に助けを呼ぶことだから、そこまでガチガチにやらなくても大丈夫だよと言っていたが、なんせ物騒なこの世界のことなので、あまり信用できない。必死に特訓して、1か月経つ頃には、10発に1発は銃弾を的に当てられるようになっていた。まあ、その程度の(たぶん)低い命中率だと万が一吸血鬼に襲われたときに身を守れる気は全然しないし、そもそも目の前の吸血鬼がこちらに躍りかかってきたとき、のんきに構えの姿勢を取ったり、狙いを定めたりする余裕があるのかどうかも怪しい。しかも、練習で貸してもらったのは殺傷に特化した鉛の実弾だったけど、実際の仕事では普通の銃弾の代わりに麻酔の注射針を発射する「麻酔銃」なるものを使うらしい。素人目にも前者と後者とでは撃った時の手ごたえが全く違うであろうことは想像がつくが、それならどうして初めから実践で使う麻酔銃で練習させてくれないのだろう。ここの人たちは、やり手のようでいて、妙にずれているところがあるので怖い。

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