第40話 行くべきか、残るべきか(2)
確かにそうだな、と思って車内に戻る。12月も後半となると、外はかなり寒かった。アケボノさんはまだ外に残って煙草をふかしている。この会社の喫煙率はなかなか高そうだなと思った。朔子さんとアケボノさんは私の目の前で吸っていて、ウィルさんは喫煙姿を見たことがないけど性格からして愛煙家の気がする。黒砂さんもどうか分からないが、私の中では純情キャラなので、イメージを壊さないよう、吸っていてほしくない。でもどこかで、勤続年数が結構長くて、既婚者で、子どもも大きいとかそういう噂も聞いたので、もしかすると見た目より十何歳、何十歳も大人の人で、純情キャラを押し付けるには無理のある相手なのかもしれない。
しかし、問題は周囲の喫煙率でも黒砂さんの実年齢でもなく、人手不足による社内での兼任率の高さだった。本社での人事関係の仕事を担当しているアケボノさんが第七地区のドライバー(観光バス担当)を兼ね、もともと第七地区のドライバー(同じく、観光バス担当)だった朔子さんが本社の事務を手伝い、最近ではダイヤ作成、運行管理、落とし物対応、定期や各種割引券の発行など営業所での仕事のみだったウィルさんまで路線バスの運転に駆り出されている。人が足りなくなっている原因は、内乱による優秀な人材の亡命、国外への出稼ぎ、病死、戦闘に巻き込まれての死亡など並べるだけでも心が暗くなるものだが、この先吸血鬼病が広がれば、私も何か他の仕事を兼任することになるのだろうか。バスガイドだけでもいっぱいいっぱいなのに。
さて、その私の退職の話だが、中学の修学旅行が近づいてきた11月の初めに、1度アケボノさんに相談して以来、何の進展もない。ヤエちゃんの銭湯での事件で混乱してそれどころでなくなったのもあるし、元の世界に帰ったところで私に行くあてなどどこにもなかった。家に帰っても母親は不在で、お金も、食べるものもない。新宿歌舞伎町の「トー横」まで行けば同じような境遇の仲間がたくさん見つかるかもしれないが、薬物乱用だったり暴力事件だったり色々危ないことも起きているらしいので、そう気軽に訪れる気にはなれない。チハ姉と仲直りして家に置いてもらうことも考えたが、彼女も自分の家にはほとんど帰らない人だったのを思い出し、がっかりする。かといって私を嫌う父のところに住まわせてもらうのも気が引けるし、祖父母も父方の方は遠くに住んでいて交流も乏しいし、母方の側に至ってはそもそも1度も会ったことがないし、連絡先さえ知らない。そもそもすでに存命ではない可能性もあった。それなら、吸血鬼だらけで物騒なこの世界にずっといる方が案外、まだましなのかもしれなかった。
…だけどこの先、内乱や吸血鬼騒ぎがさらにひどくなることだって考えられるし、やっぱり帰った方がいいのかな。帰れるうちに帰らないと、後で帰りたくなっても、状況が悪くなりすぎていて、天界交通側も私を送るどころではなくなっているかもしれないから。今、この場で、お客さんがいないうちに、具体的な退職時期についてアケボノさんに相談しておこうか。そう思った時にはちょうどツアー内の自由行動の時間が終わりに近づき、早い人がちらほら戻ってきていたので、私は諦めて、目の前の乗客対応に集中することにした。退職話、帰還話はもう少しお預けだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます