第38話 嘆き

 リンドウさんの辛辣な言葉に、朔子さんは眉根を寄せて口元を固く結び、感情的になることや言い返すことを我慢し、耐えているようだった。自警団の暴力も厭わないやり方や、彼らの提案する無機質な隔離対応には納得できない。しかし吸血鬼化したヤエちゃんをこの先も自分たちで責任を持って見れるか、つまり最期を迎えるまでの看病をするだけでなく、これ以上被害を出さないようきちんとヤエちゃんの行動を見張り、他者への加害を食い止めることができるか、と問われたら自信がない。だからリンドウさんの言い分に従うしかなく、自分の無力さに苛立ちを感じ、打ちひしがれている。彼女の心中はおそらくそのようなもので、もしそれが当たっていれば、私も同じ気持ちだったと言える。

 信じるだけの根拠がないのに自分が信じたいという理由だけで自分の信じたい人を信じ、疑うだけの理由がないのに自分が信じたくないという理由だけで自分の信じたくない人を疑い、その結果自分の信じたい人や関係のない人を何人も傷つけた。…とは言っても、ヤエちゃんが吸血鬼病をもらったかもしれないのも、果物屋のおじさんに噛みついたのも、私が彼女と本格的に関わるようになるより前のことなので、私は関係ないと言えば関係ないのだし、唯一責任の一端を担うことになるかもしれない今回の事件だって、ヤエちゃんと女性の検査結果が出るまでは、ヤエちゃんが個人的な恨みもしくは一時的な怒りで母親に暴力をふるっただけと言えないこともないし、ヤエちゃんがウイルスを持っていなければ感染を広げたことにはならず、母親は少し出血量の多い怪我をしただけで、死人は出ないことになる。私は悪くないのだ。…そう言い聞かせても、リンドウさんの厳しい一言が耳を離れず、自分は人殺しなのだという罪の意識が私を苦しめた。もう、私の居場所は、元の世界だけでなく、この世界でも、どこにもないのかもしれなかった。

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