第35話 銭湯の親子(3)

 ハッとして、女性の方を見る。とび色の長い髪に、意志の強そうな大きな目、怒ったようにつり上がった細いまゆ、すっと通った鋭利な鼻筋に、冷ややかな印象を与える薄い唇。ヤエちゃんの目線の先にいたこの若い女性は、確かに事情をよく知らない私が見ても、ヤエちゃんによく似ていた。女性が連れている息子らしき小さな男の子の方も、ヤエちゃんや女性とうり二つで、整った顔立ちをしていた。女性はすらりと背が高く、その身長は170㎝を超えているように見えるが、ヤエちゃんも大きくなったら高身長になるのだろうか。女性に似てスタイル抜群に成長するならうらやましい。背が高くて、全体的にはやせているのに、ボリュームがほしいところ…胸やお尻のあたりにはしっかり肉がついている。完璧なモデル体型で、本当にずるい。私のずんぐりむっくりとした大根足とはえらい違いだ。

 親子と思しき2人の美貌にほれぼれと見入っていると、母親とみられる若い女性の方がこちらの視線に気づいたらしく、私をめがけて一喝する。


「おい、てめぇ、何見てんだよ。アタシがチビ連れてんのがそんなに気に食わないのか。自分もガキのくせに。目障りだから、とっとと失せな」


 女性は眉根と双眸にぐっと力を込めて私をにらみつける。顔は全然違うが、自分より背の低い相手を上から見下ろすようにしてねめつけるときの鋭いまなざしや、ドスの効いたハスキーな声が、不機嫌を通り越して今にもぶち切れそうなときのチハ姉によく似ていてすごく怖かった。このただならぬ気配を察したのか、突然更衣室の扉が開き、お風呂あがりらしく首にタオルをかけた朔子さんが、着衣のまま駆けつけてきた。こちらも、不安のためか緊張の伝わる、険しい表情をしている。


「島村さん、何があったんですか。もしトラブルなら、すぐ謝って、早く離れた方が…」


 朔子さんが私への助言を言い終わらないうちに、不機嫌の度合いをより一層高めた女性が、怒りを爆発させ、大声でさらに畳みかける。


「黙っていればさっきからぶつぶつ、ぐずぐずと…。文句があるなら、さっさと帰れって言ってるだろうがっ」


 女性の投げた手桶が宙を舞い、中に入っていたお湯ごと、朔子さんの頭の上にぶちまけられる。


「…っ!」


 桶の当たった右側頭部の上の方を押さえながら、空いた方の手で濡れた顔を軽くぬぐうと、朔子さんはキッと女性の方を見据え、何か言い返そうとするかのようにして口を開きかけた。

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