第3章 広がる脅威

第33話 銭湯の親子

 木製の樋から、湯気を立てながら流れる、白みがかった緑の湯。湯の池を囲む岩、真っ赤に色づく紅葉。濛々と立ち込める湯煙の中、私は肩まで湯につかり、紅葉の向こう側にある、白く煙った曇り空を見上げていた。時々顔に当たるひんやりとした風が、ほてった体の余分な熱をさらっていって心地よい。このまま何を考えず、何もしないまま過ごせたら、どんなに楽だろうか。

 朔子さん、ヤエちゃんと3人で訪れた、旧鉄鉱山のふもとにある銭湯の露天風呂でくつろぎながらも、私はひどく悩んでいた。きっかけは、先週の会議で決まった、近くの小学校の宿泊行事のことだった。2泊3日の旅程のうち、1日目の行きのバスと、3日目の帰りのバスでの車窓案内とレクリエーションを担当することになったのだが、季節は秋も深まる11月、ちょうど私の中学の修学旅行と同じ時期にあたる。もしこの世界と元の世界の時の流れが同じなら、そろそろ帰らないと、自分の方の修学旅行に間に合わなくなってしまう。修学旅行が終われば、2学期の期末テストがあり、年が明ければ短い3学期、3月には学年末テストと、年度末まで慌ただしい。4月になって新年度が始まると、高校受験を控えた3年生が始まるのでもっと大変だ。お仕事ごっこはこの辺りでやめて、いいかげんに向こうの世界に戻らないとまずい。

 こちらの世界に来てどのくらい経つのか、数えていないので正確にはわからないけど、少なくとも2か月以上は過ぎている。さすがにこんなに長い間失踪していると、他人に無関心な元の世界でも、どこ中の2年生の女の子が行方不明になりましたと、ネットやテレビ、新聞でも大騒ぎになっているかもしれないし、捜索願だって出されているかもしれない。あいかわらず、私のスマホには、何の連絡も入っていないのだが。

 私をスカウトした張本人であるアケボノさんに相談すると、もともと1か月くらいの短期で応援に来てもらったら助かるぐらいのつもりでいたので、帰りたくなったならいつでも帰っていいんですよとのことだった。次に助っ人として呼ぶ人材についてもなんとなくの目星はついているそうだ。

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