第30話 警告(3)
この日の業務は特に大きなトラブルもなく、平和に終わった。昼食用の仕出し弁当の数が、間違ってお客さんの人数より1つ多く注文されていたり、午後の温泉から帰るときに、何名か集合時間に遅刻してきたお客さんがいて、出発が10分ほど遅れたりというプチアクシデントはあったが、普段のハチャメチャ具合を思えば、そのくらいでは事件のうちに入らない。銃を持った怖い人たちの襲撃もなかったし、朔子さんが時速120kmで暴走せず、きちんと時速40㎞から60㎞程度で安全運転をしていただけでも十分だと言える。駅前のバスターミナルでお客さんを降ろし、営業所に戻ったところで、その朔子さんに話しかけられる。
「このあと、良かったら、一緒に夕ご飯を食べに行きませんか? お休みする時間も欲しいでしょうし、1時間くらいしたらまた車で迎えに来ますね」
私は、はい、是非と快諾した。最後に女子だけでご飯を食べに行ったり、遊びに行ったりしたのはいつだっただろうか。たぶん、チハ姉と気まずくなったあの一件があった、カラオケの日が最後だろう。さらにその後、中学の仲良しグループとも恋をめぐる勘違いで仲たがいしてからは、女子に限らず遊び相手が一人もいなくなってしまった。小学校の頃は本当に独りぼっちで、いじめっ子と、保育園からの幼馴染だったタカシ君のほかは誰も相手にしてくれなかったので、その時と比べたらましだと思うけど、放課後や休みの日など、暇な時間に遊んでくれる相手がいないのは、やっぱり寂しい。
営業所に戻り、残っていたウィルさんたちに、今日は朔子さんと外食に行くので私はいません、夕食は3人です、準備も皆さんでお願いしますと伝えたときに、ヤエちゃんが何か言いたげな表情でこちらを見ていたので、今度はヤエちゃんも誘おうと思った。女子会なのに仲間はずれにしてごめんなさい。
朔子さんが連れて行ってくれた店は、以前、第七地区の飲み会でも入った、居酒屋も兼ねるあの宿だった。朔子さんは、ヤエちゃんのことがあって、おかみさんとは気まずくなってしまったけれど、結局ここが一番安くておいしいので、つい通い続けてしまうんですよね、となぜか申し訳なさそうに言う。彼女の飲み物はこの日もウィスキーではなくウーロン茶だった。たぶん明日も運転の仕事があるからだと思う。
「仕事、慣れましたか」
職場の人とご飯を食べに行くのだから、この手の質問が来ることは大方予想がついていたが、いざ訊かれてみると、痛いところを突かれたような気がして、答えに詰まってしまう。
「それが…慣れたことには慣れたんですけど、まだまだできないことも多くって…」
「そうですよね。まだ入ったばかりですもんね。私も入社したての頃は、運転がひどいってしょっちゅう怒られていました」
笑っていいのかわからず、私は無言でジンジャーエールのグラスを傾けた。入社から1か月以上たつが、バス車内でのクイズやカラオケはうまく盛り上げられず、車窓の名所を紹介するアナウンスだって、どもったり、話す内容を忘れたりして、うまくできたためしがなかった。普通、バスガイドの研修は、2か月半から3か月程度かけてじっくり行うものらしいが、天界交通ではたった1、2週間ですべての内容を無理に詰め込もうとしていた。私がうまくできなくても仕方ないと思う。それでも、自分の仕事ぶりになかなか進歩が見られず、現場で期待されるレベルに全く達さないとなると、これではいつまでたっても一人前になれないのではないか、自分にはバスガイドの仕事は向いていないのではないかと不安になってしまう。別に、以前からこの仕事に憧れてなりたいと思っていたわけではないし、ただやりなさいと言われたからやっているだけなのに、うまくできない自分が情けなくて、悔しかった。とはいえ、私は本来ならまだ働けないはずの女子中学生だし、そこまで仕事のことで思い悩むこともないのだろうけど…。悩みだしたら、きりがない。
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