第29話 警告(2)

 次の日は朝から雨だった。パラパラと小雨の降りしきる曇天の下、乗客32名を乗せたバスはこの日最初の目的地であるイチゴ農園へと向かった。低気圧に曇天、そして雨のせいか、乗っているお客さんたちにはあまり元気がないようだ。農園までの道中、窓の外の名所を紹介したり、クイズを出したりしても、皆さん反応が薄く、窓の外か自分の太ももを見てぼんやりしている人がほとんどだった。

 一方朔子ファンと思しき人たちだけは元気で、背筋をしゃんと伸ばし、運転席の後ろ姿に熱い視線を送っている。アケボノさんやウィルさんも運転はできるようなので、これならいっそ、ガイドは私ではなく朔子さんがやった方が盛り上がるのではないかと卑屈なことを考えてしまう。はっきり言って、私のようなネクラは、ヤエちゃんや黒砂さんと一緒に営業所の掃除をしている方が性格に合っているのだ。

 バスが農園の駐車場に着くと、お客さんたちは先ほどまでの沈みぶりが嘘だったかのように、軽い足取りでバスを飛び出すと、農園の正門へと小走りしていった。やはり人間食い気が一番のようである。農園では農園のスタッフがお客さんの案内をしてくれるので、その間バスガイドの私はお役御免だ。40分後の出発までトイレ休憩をしたり、水分を摂ったり、午後の日程を再確認したりして、のんびり過ごす。もっとも、気の早いお客さんが戻り始める出発15分前から10分前にはバスに戻って仕事に入らなくてはいけないのだが。実際の休憩時間はだいたい25分間から30分間ということになる。

 バスから降り、目の前の屋根付きベンチのところで伸びをしていると、朔子さんが隣にやってきて、ねぎらいの言葉をかけてくれる。


「お疲れさま。今日も大変でしたね。まだお昼ごはんと午後の温泉が残っているので、油断はできませんが、車窓に見どころの多い危険地帯はもう終わったので、アナウンスはあともう一息です」


 煙草を吸っていいですかと訊かれ、はいとうなずく。よく見ると、2つあるベンチの間には、私の腰の高さほどある、筒状というか柱状の灰皿が設置されており、ここは屋外喫煙場だったのだなと今更のように気づく。ただの偏見かもしれないが、スピード狂で、酒も煙草もたしなむということは、朔子さんもそれなりに「溜まっている」のだろうなと思った。私もちょっとお客さんにガイドを聞いてもらえなかったくらいでしょげてはいられない。帰ったら、スマホからつなげる電子書籍の有料サービスを使って、好きな漫画でも読んで、元気を出そう。

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