第27話 子育て営業所(3)

 町の個人医院での治療を終え、営業所に越してきたヤエちゃんは、私たちの心配をよそに、よく働いた。一日中むすっとしていて愛想はないものの、頼まれた仕事は確実にこなし、仕事を進めるうえで分からないことがあれば、その都度質問して、仕事が終わって手持ち無沙汰のときも、他に何か手伝えることはないかウィルさんに確認していた。おかげで、彼女が掃除を担当する第一営業所の1階(もともとは玄関と事務室だけの担当だったが)は床から天井、窓から壁に至るまでピカピカに磨かれ、シミもなく、チリ一つ落ちていなかった。

 ヤエちゃんがあまりにもきちっとしすぎているので、無理をしているのではないかと帰って心配になったウィルさんが、毎回ここまで完璧にしなくてもいいんだよ、大体でいいんだから、適当なところで切り上げて遊びに行きなと助言したが、彼女はどうせ友達いないし、他にすることないからと無心に床を拭き続けるのだった。

 たまに様子を見に来てくれるアケボノさんは、ヤエちゃんの受け入れ後に初めて来たとき、第一営業所の建物が以前より格段にきれいになっているのに驚き、まるで新築のようですね、所長はウィルさんをクビにして、ヤエさんに代わってもらった方がいいかもしれませんと悪趣味な冗談を言った。

 まったく、いつも一言多いんだよ…とむくれるウィルさんを横目に見ながら、大人になってもいじられる人って決まっているんだなと複雑な気持ちになる。子供のころからいじられキャラというかいじめられがちだった私は、大人になってもずっとその役回りのままなのだろうか。小学生の頃は友達が少なくて、休み時間は一人で本を読んだり、好きな漫画の絵を真似して描いたりしていて、それでクラスの意地悪な男子から「オタク」だとか「ネクラ」だとか呼ばれてひどくからかわれた。中学に上がってからも、誤解から始まった恋愛関係のトラブルで「一軍」を追い出されてからは、グループとは関係のない他のクラスメイトからも「男好き」だの「ぼっち」だの色々と陰口をたたかれた。

 噂になっていた男子とは、たまたま席が近くになり、教科書を貸したのをきっかけに、時々好きな漫画の話をするようになっただけで、別に恋人でも何でもなかったのだが、その子を好きだった一軍の友達からは、友達を出し抜いて勝手に付き合うなんて恵理はひどい、横取りだと罵られ、一方的に絶交されたのだった。このことについては、友達の好きだと言っていた子と何の考えもなしに親しくなってしまった私も不用心だったと思うけれど、また同じようなことに巻き込まれるかもしれないと思うと気が重い。からかわれている当のウィルさんは、自分がいじられキャラになっていることに関して、私ほどは気に病んでいないようだったが。


 一方、ヤエちゃんは相変わらずマイペースで、こちらの様子なんてちっとも気にしていないように見える。アケボノさんがウィルさんをからかって笑っている時も、そちらの方には一瞥もくれなかったし、朔子さんがいちご狩りツアーの仕事の時に分けてもらったといういちごを職場に差し入れたときも、「いらない」と取り付く島もない反応だった。ウィルさんが俺でよければとボールや縄跳びを持って外遊びに誘っても、めんどくさいと言って応じようとしない。それでも、私が料理をしていれば隣に着て手伝おうとするし、姿が見えないときは、大体近所の公園で、同年代の子どもたちの楽しそうに遊ぶ様子を、ぼんやりと隅の方に座って眺めているらしいので、彼女にだって他者と親しくなりたい気持ちは、少しはあるのだろう。だからどんなに素っ気ない態度をとられようと、私はヤエちゃんのことを不思議と嫌いになれないのだった。

 

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