第24話 白昼の吸血鬼騒動(3)

「うーん、この感じだとあばらが折れているかもしれませんね。下手すると内蔵もやられている恐れが…医者の所へ連れていきましょう。彼女を、そのままワゴン車の中へ。そう、なるべく体を揺らさないように、そっと…」


 ヤエちゃんを乗せたストレッチャーが、後部ドアから、ゆっくりとワゴン車の中へと吸い込まれていく。指示を出しているのはアケボノさん。つくづく冷静で頼りになるなと尊敬して見てしまう。近くでは、暴漢たちのリーダーが黒砂さんと何やら言い争っている。


「だから何度も、このガキが吸血鬼だからだって言ってんだろ。わかんねぇ奴だな。俺は見たんだよ、こいつが店番の腕を噛んでるところを」


 男は怒りで興奮しているのか、顔が赤くなっていた。黒砂さんが静かに言葉を返す。


「それでも、無闇矢鱈に暴力をふるうのはよくない」


 男は、畜生話が通じねぇなと舌打ちして、黒砂さんをにらむ。怒れる彼の話によれば、ことのあらましはこうだった。


 俺たち6人は自警団で、吸血鬼騒動が起こるずっと前から、治安維持のために、市場のパトロールを日課にしていたんだ。普段は昼めしが終わった後の、午後からの活動なんだが、今日は海の荒れで荷物が着かなくて、本業の方の仕事が休みになったから、朝からこっちの活動に入ってた。昼間は明るくてそんな治安も悪くないから、大抵なんもなくて暇するんだよな。どうせなんもすることないし、早く切り上げて酒でも飲むかって話してたら、急に果物屋の方がうるさくなってきた。で、駆け付けてみたら、このガキが店番の太っちょの腕に噛みついてたんだよ。後ろでぶるぶる震えてる店主に話聞いたら、ガキが店頭に置いてあったちっさいメロンをかっさらって、逃げていこうとするから、店番が捕まえようとしたらそうなったんだと。いくら引き離そうとしても店番の腕にがっぷり噛みついてて全然取れない。店主の墓に俺たち6人も入って何とかガキを引きはがしたけど、太っちょの腕には犬か何かにやられたんじゃないかっていうほど深い傷がついててさ。獣の牙かかぎづめじゃないとあんなことにはならないよ。


「そんで、ガキの口こじ開けて見てみたら、やっぱり人間の犬歯とは比べ物になんないほどのぶっとい牙が生えてたんだ」


 必死に訴える男に対し、搬送の準備を終えたアケボノさんが冷ややかに答える。


「本気になれば、人間の皮膚を噛み破るくらい、吸血鬼ではない普通の女の子にだってできます。治安を乱したのは彼女ではなく、あなたたちです。今度同じような騒ぎを起こしたら、わが社の地下倉庫にこもってもらいますよ」


 男たちは何か言いたげな表情でこちらを見つめていたが、アケボノさんの圧に押されたのか、踵を返してそそくさと立ち去って行った。天界交通の地下倉庫とやらは、なかなかに恐ろしいところと見た。男たちに続き、ヤエちゃんを乗せたワゴン車も警備部隊の人の運転により、医者の家へと出発する。混乱する時世のなか、国や学術機関の後援により経営を続けてきたような大きな病院の大半はつぶれてしまったらしい。残っている医療施設の半数以上は個人でやっている小さな医院や診療所のようだ。私たちだけになったところで、私はアケボノさんにヤエちゃんのことを確認した。


「あの女の子は助かるんですか」


 しばらく考え込むような様子をしてから、アケボノさんが答える。


「そうですね…今のところは何とも。ですが、もし残念な結果になったとしても、島村さんが気に病むことはありません。むしろ、この世界に来たばかりの新人にしてはうまくやった方だと思いますよ」


 優しい慰めの言葉も、ひどく落ち込む私の心には全く入ってこなかった。自分が大人の都合に振り回されて苦しみ、またその窮状を訴えても助けてもらえなかった経験から、似たような境遇の子どもがいたら見捨てることなく、必ず手を貸そうと思っていた。それなのに、いざ女の子が虐げられている修羅場を目の前にすると身がすくみ、彼女を助けるために何かをするでもなく、一人安全な車内に立てこもってしまった。いくら朔子さんに車から出ないように言われたからって、あの傍観者ぶりは自分でもひどかったと思う。


 そんな「何もできない自分」が嫌で、親から疎まれる毎日も辛くて、目の前の現実から逃げてきた。小さい頃は絵本や童話の世界に、中学生になってからはインターネットや漫画、小説の世界に救いを求めた。学校での、いわゆる「リアル」の友達付き合いも楽しい時はあったけど、無理に「イケていて」「ノリのいい」自分を演じていないと入れてもらえなかった「一軍」グループでは、気疲れすることも多くて、結局うまくいかず仲間から外れることになった。架空の世界で遊んでいる時だけが本当の自分でいられる楽な時間で、家に帰ったら深夜に眠るまでずっと小説を書いていた。つかの間だけでも、ここではないどこかを生きたかった。何かを書いている間だけは、自分は作家の卵なのだという誇りによって、厳しい生活から目をそらすことができた。

 でも、お前のように中身が薄っぺらな人間に、大した作品が書けるわけないと、チハ姉から自分の甘さを突き付けられてからは、小説どころか、毎日の日記や学校の作文さえ書けなくなってしまった。LINEなど書き込みが一言で済むものなら、書くことにもそれほど苦労しないが、ある程度まとまった量の文章を書こうとすると途端に手が動かなくなる。あれだけ書くことが好きだったのに、いったい私はどうしてしまったのだろう。

 だけど、今はそんなことどうでもいい。とにかくヤエちゃんの命が助かってくれることを祈るだけだ。

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