第22話 白昼の吸血鬼騒動

「あら、黒川さん、島村さん。お休みなのに、2人そろってどうしたんですか」


 私たちが本社ビル2階のオフィスを訪ねると、朔子さんはちょうど荷物を片付けて帰るところだった。手土産の中身を見た彼女の顔がパッと明るくなる。


「ウィスキー、いいですね。ありがとうございます。せっかくですし、このまま私の家で一緒に飲みませんか? 野菜炒めとお味噌汁くらいなら出せますよ」


 いや、帰ってからウィルさんたちと食べるのでいいですと、丁重に断ったが、じゃあ、お土産にと、昨日の夕食の残りだという餃子を渡されてしまった。ウィルさんの心遣いを伝えるつもりが、逆に気を使わせてしまったようで申し訳なく思う。この前の飲み会の時だって、本当は強いお酒を飲みたかったところを、他の社員の目に遠慮してウーロン茶にしたのかもしれなかった。もっとも、隠そうとしたところで、ウィルさんは朔子さんの好みを知っていたようだけれど。

 帰りは朔子さんが車で送ってくれることになった。バスは1時間に1本と本数が少ないので交通手段としては多少不便だということだった。本社から第一営業所までなら近いし、人通りの多い昼間なら変質者も出そうにないし、黒砂さんも一緒なので歩いて行きますと言っても、朔子さんは厳しい表情で、許してくれなかった。


「だめですよ。盗賊団や軍隊崩れの武装組織も出るのに。相手は銃を持っていて、小さいグループでも10人以上はいるんですから、1人でも2人でも同じです。それに…」


 朔子さんは急に小声になる。


「最近は自警団による吸血鬼狩りが盛んになっていて、本社近くの宿場町でも、吸血鬼病の感染者が出たとか、首に穴の開いた失血死体が見つかったとかで、皆さん神経質になっているんです。吸血鬼とは関係のない旅行者の方が疑われて銃撃された事件もあるので、まだ顔を知られていない島村さんは気を付けた方がいいと思います」


 今日は時速40㎞で安全運転しますから、怖がらないでちゃんと乗っていってくださいね。お願いしますよ。ね? 朔子さんに根気強く言い聞かされ、私は彼女の車に乗っていくことにした。どうも美人の困った顔には弱い。朔子さんが交通ルールを守ってゆっくり走ってくれるなら、車での送りを断る理由もない。何より得体のしれない吸血鬼と自警団が怖かった。齢14にしてすでに人生をあきらめきっている私。死ぬこと自体は構わなくとも、他の人間やよくわからない怪物に殺されるのは勘弁してもらいたいと思っている。病死、事故死、災害死は仕方ないにせよ、殺人事件の被害者になるのは絶対に嫌だ。


「吸血鬼って、昼間でも出るんですか」


 オフィスの、駐車場へと続く階段を下りながら訊く。朔子さんの車は地下1階の駐車場に止めてあった。地上の、誰でも出入りできる屋外駐車場だと、盗聴器を仕掛けられたり、スプレーで車体に落書きされたりと、いたずらが多くて大変だと言う。


「出ますよ。流行り始めのころは、紫外線に弱い菌で、かかった人が動き出すのは夜と決まっていたのですが…最近は日の光に耐性が付いたみたいで、日中でも感染者に噛まれたという話をよく聞きます」


 朔子さんは運転席に乗り込み、私と黒砂さんは後部座席にシート1つ分空けて座った。エンジンがかかり、車は地下の暗い坂道を上がり始める。通路の両脇には、一定の間隔を置いて、細長い棒状の蛍光灯が設置されている。


「それで…何かないんですか、吸血鬼をやっつける方法は」


 すっかり怖気づいてしまった私に、朔子さんが笑う。


「だめですよ、やっつけるなんて言い方したら。相手だって人間なんですから。ワクチンはまだ開発できてないみたいですけど、感染しても防弾ガラスをたたき割るほどの力は出ないそうなので、この車に乗っている間は大丈夫です。襲われる心配はそんなにありません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る