第21話 揺れる十四の心(2)

 幸い、予定より3分遅れて到着したバスには、私たちと運転手の他に誰もいなかった。黒砂さんと共に一番後ろの席に並んで腰掛け、学校制服のスカートのポケットからスマホを取り出す。研修などで忙しく、服を買い足す時間がなかったので、こちらに来るときに着ていた学校制服と、本社で支給されたメイド服の2着以外に、私は服を持っていなかった。ウィルさんからは、行きでも帰りでも、いい服を見つけたら自由に買っていいと言われている。その分お金は多めに渡しておくからと。

 

 もともと期待はしていなかったが、家や学校からは何の音沙汰もなかった。父と姉は別の家で暮らしていて、母は失踪中となれば、家族は誰も、私がいなくなっても気づきようがない。学校側が知っているのは自宅の番号だけで、私のスマホの番号は知らないから、もし先生が心配してくれていたとしても、向こうからは連絡のしようがない。中学の「一軍」の友人たちとは絶交中で、チハ姉とも気まずくなって久しい。せめてみのりとLINEを交換しておけばよかったなと後悔していると、不意に隣から話しかけられる。


「端末持ってるんだ」


 耳元でささやく、低くて少しかすれた、落ち着きのある声。顔を上げて、黒砂さんと目が合い、この人が喋ってくれたのだと理解する。私は自分で思っていたよりはるかにうぶな子供だったようだ。別に、黒砂さんと世間話をしたからといって何かあるというわけでもないというのに、変に動揺している。


「てっきり、持ってるのは、軍関係者か、裏社会の人間だけかと」


 私は緊張を悟られないよう、無関心を装ってスマホに目を落とし、じゃあ、私はどっちに見えましたかと、どうでもよさそうな口調で訊いてみた。


「島村さんは、どっちにも見えない。何だろう、もっと、初々しくて、まっすぐで、優しい感じがする」


 だめだ。少し褒められただけで心が乱れる。普段濃い化粧をして、どんなに強がって見せたところで、所詮、引っ込み思案は引っ込み思案のままだった。突然の褒め言葉に混乱するあまり、相手を褒め返すどころか、お礼の言葉さえ返せずにいる。


「たまにはいいよね、こうやって同僚と仕事以外で出かけるのも。新鮮で、なんだか楽しい」


 少し視線を床の方に落としながら、照れくさそうに微笑む黒砂さん。はい、やめてください、そういうの。ご本人は、たまには(私に限らず)同僚と親睦を深めるのもいいなと言っているだけのつもりで、なんの下心もないのでしょう。でもね、男性との交際経験のない元ネクラ女子としては、気になる男子からちょっと(友達としての)好意を示されただけでひどく動揺してしまうので、迷惑なんですよ。まったく持って心臓に悪い。

 すっかり困ってしまった私は、スマホをいじり、別に大して興味のない芸能界のスキャンダル記事や、写真投稿系のSNSに溢れかえるスイーツの山に逃げ込んだ。せっかく話しかけてもらったのはいいけれど、何を話したらいいか全くわからなかったし、変なことを口走ってきもい奴だと思われたくなかった。私みたいな何の取り柄もないブスが、知り合って間もないイケメン、しかも性格の面でもなかなか感じのいい人といきなり仲良くなれるなんて、そんな都合のいいことが起きるはずがない。

 さあて、朔子さんにお酒を渡してきたら何をしよっかな。そのまままっすぐ営業所に帰って寝るか、大市に寄って服を探すか、美大の姉に電話して、異世界自慢をするか…。「宿場町入口」のバス停で降り、私は昼の明るい日差しの中に踏み出した。まだしばらくは、妙に大人ぶって恋愛なんかしたくない。

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