第19話 気がかり(2)

 だめだ。完全な拒否。一方、ウィルさんとアケボノさんは、ヤエちゃんのことも、私たちの奮闘ぶりも何も目に入らないといった様子で、この世界の政治のことだったり、経済のことだったりを2人で熱心に語り合い、こきおろしている。

 男性陣の中では、唯一黒砂さんだけが、こちらの様子を気にかけているようだった。目の前の料理を黙々と口に運んでは、時々心配そうな顔でこちらに視線を送る。もし私たち全員がスマホを持っていたとしたら、私はきっと黒砂さんにこんなメッセージを送ったことだろう。

<ありがとう クロちゃん>

<全然相手にされてないけど、こっちは大丈夫>

<なんだか疲れたね。早く帰って、早く寝よう>

 でもそれだと、せっかく会を開いてくれたアケボノさんの厚意を踏みにじるようで申し訳ないので、3つ目のメッセージはアウトだ。2つ目も本当はヤエちゃんに拒否されたのが悲しくて全然大丈夫じゃないので却下。最初のも、職場の先輩で、しかも知り合ったばかりの、年上男性・黒砂さんに対して馴れ馴れしすぎるのでダメか。だけどやっぱりこの人の困った顔はちょっとかわいい。自分の中の隠されていた変態性とSっ気を知ってぞっとする。

 言うまでもなく、集まりは気まずい空気のまま終わった。微妙な雰囲気に気付いていない(あるいは気づかないふりをしている)マイペースなおじさん2人は、楽しかったですねとのんきに笑っていたが…。朔子さんも、黒砂さんも、私も、礼儀として一応楽しかったことにして、主催者のアケボノさんにお礼を言った。ヤエちゃんは私たちのテーブルにいたときはあれほど素っ気なかったのに、帰る段になると店の玄関口まで出てきて、お見送りをしてくれた。店の接客方針で、そうするように教育されているだけかもしれないけど。後ろを振り返ったわけではないので、本当のところはどうだったか分からないが、ヤエちゃんはずっと私たちを見ていたのだろう。角を曲がって店側の死角に入るまで、私の背中にはあの鋭い視線が常にぴったりと張りついていた。それが敵意によるものなのか、好意や好奇心からきたものなのか、SOSの印だったのかは、その時の私にはまだつかめなかった。

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