第18話 気がかり

「さて、お酒も入ったし、女の子でも呼びますか」


 まだそれほど飲んでいないはずなのに、ウィルさんが酔っ払っている。いや、酔っているのではなく、ただ宴会が好きで必要以上にはしゃいでいるだけかもしれなかった。アケボノさんが冷ややかにくぎを刺す。


「今日の主役が誰か分かって仰っているのですか? 女性社員の目があることもお忘れなく」


 しかしウィルさんは、いいじゃないか、余分にかかった分は俺が出すからと言って、さっさとお店の人を呼んでしまった。盗賊騒動の時は頼りになるしっかりした人だなと思っていたのに、今の感じだと、なかなかのダメダメおじさんの予感。もし私の元いた世界で暮らしていたら、仕事は手抜き、平日の夜はスナックかキャバクラに入り浸って家に帰らない、休日は競馬に通いつめ…という具合だろう。


「今夜は新人の子しか空いておりませんが、よろしいですか」


 申し訳なさそうなお店の人の問いに、ウィルさんはニヤニヤ笑いを崩さずに答える。どうやら素人らしさの残る若い人が好みのようだ。


「ええ、もちろん。残っている中で一番かわいい子をお願いします」


 ほどなくして連れてこられたのは、8歳くらいの小さな女の子だった。赤地に金の刺繍が入った豪華な着物を身にまとい、頭の後ろで無理やり1つにまとめた短い髪を、赤い花の髪飾りで留めている。目鼻立ちのくっきりした美形だが、眼差しはにらみつけるように鋭く、口は頑なそうに真一文字に結ばれていた。世の中には様々な背景を持った人が暮らしているとはいえ、小学校低学年から中学年くらいのこの子を夜の仕事に駆り出す親は、申し訳ないけれど、たぶんろくな大人ではないのだろう。

 一方、女の子を呼び出した当のウィルさんは、にわかに興ざめしたらしく、空いている席を勧めたきり、後は一言も話しかけようとしなかった。仕方がないので、朔子さんと私で少女の相手をすることになったが、全て不発に終わる。例えば、朔子さんはこんな感じ。


「こんばんは、私、朔子って言います。お嬢さんの名前も教えてもらっていいですか」


 少女は仏頂面で答える。


「…ヤエ」


「あら、素敵な名前。八重桜からとったのかな」


 別に、とつまらなそうに言い捨てたきり、ヤエちゃんは口を閉ざしてしまう。別にかまってほしいわけではなかったようだ。それでも、私も試しに話しかけてみる。


「お腹空いてない? ここのおかずで好きなのあったら何でも食べていいよ」


「…いらない」

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