第17話 はじめての飲み会(2)
「じゃあ、ビールで」
まだ訊かれていないのにウィルさんが答える。こちらの世界にもとりあえずビールという謎の慣習は残っているのだろうか。
「ウーロン茶でお願いします」
と、アケボノさん。私と朔子さんもそれに倣う。黒砂さんはお冷やだけでいいと言って飲み物は頼まなかった。料理は各自が好きなものを注文し、それを皆で分け合うという形式になった。冷やしトマト、だし巻き卵、揚げ出し豆腐、イカ刺、鶏の唐揚げ…と居酒屋の定番が大体出そろったところでアケボノさんは一旦注文を締め切った。
「会計は第七地区エリア長ウィルさん、朔子さん、黒砂さん、私の4名での割り勘となりますが、それでもあまり出費がかさばると大変ですから」
普段は扱いが雑なのに、こんな時だけ嫌みったらしく役職名をつけて呼ぶなよとウィルさんがむくれる。アケボノさんは私が朔子さんの運転について尋ねたときと同じ涼しい顔だった。
「まあ、こういうときにごちそうするのは、お偉方の大事な役割ですからね。その点をはっきり意識していただいたほうがよろしいかと思いまして」
ウィルさんは何か言い返そうとしたが、それよりも先に全員分の飲み物が運ばれてきたので、気を取り直して乾杯の音頭をとる。
「今日も一日お疲れさまでした。新たな仲間の入社を祝して、乾杯」
「乾杯」
皆と同じタイミングでコップを持ち上げ、ウーロン茶を一口呷る。先ほどまで冷房の効いた寒い社内にいたので、あまり喉は渇いていなかった。緊張のせいか食欲もあまりわかない。無理をせずに別の日に延期してもらえばよかったなと思っていると、突然ウィルさんに話しかけられる。
「昨日、今日と研修だったけど、どう? 仕事できそう?」
私はどう答えるべきか迷った。まだ研修も始まったばかりだし、たった2日だけで仕事の全貌をつかみ、自分に向いているかどうかを判断するなんて不可能に近い。だけど1日目に習った内容は全然頭に入っていないし、今日はバスのスピードに恐れをなして何もできなかったので、前言撤回。私にここでの仕事はできそうにないと言い切ってもよさそうだった。でも、初めのうちからネガティブなことを言って先輩社員の心象を悪くするのもよくないし…。私が答えられずぼやぼやしているうちにウィルさんが勝手に結論を出す。
「う~ん、やっぱり最初のうちは厳しいかぁ。特に今日は朔子さんの運転もひどかったし、すぐには慣れるわけないよな」
「ごめんなさい、七区は気の短いお客様が多いし、途中に岩山があって景色も雄大なので、つい、飛ばしたくなっちゃうんですよ…」
うつむき加減に、なおかつ恥ずかしそうに微笑む朔子さんを見て、私は心の中で鼻の下を伸ばしていた。どの性を好きになるか(あるいはならないか)にかかわらず、美人好きの女性は一定数いると思う。私自身ももれなくそのうちの1人で、もし恋愛小説を書くなら、みのりの好きなBLではなく、女性同士の恋愛を描く百合かなと思っている。まあ、恋愛小説に限らず、もう自分では何も書くつもりはないので、そんな仮定をすること自体、ばかげているのだけれど。
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