第16話 はじめての飲み会
夜は第七地区の新入社員歓迎会だった。午前の研修での失敗もあり気まずかったが、せっかく会を企画してくれた人たちの手前、主賓の私が知らないふりして帰るわけにもいかない。午後の研修(こちらは座学だった)が終わった流れで、先輩社員とともに飲み会の会場へ向かった。本社周辺の町では、「治安維持」を最優先する自治会の方針により、飲食店の夜間営業や酒類の販売・提供は原則禁止されている。ただし宿屋街にある「お座敷遊び」のできる宿のうち何軒かは居酒屋も兼ねており、自警団の目をかいくぐって夜も酒を含めた飲食のサービスを行っているので、飲みたいときはそれらの宿に行けばいいらしい。未成年の私が、芸者さんが来てくれるような、大人の酒席に入って大丈夫なのかとドキドキしながら、幹事のアケボノさんの後に続き、宿の暖簾をくぐった。
店内は私が以前(年齢詐称して)アルバイトしていた近所の居酒屋とあまり変わらない雰囲気だった。席はカウンター席、テーブル席、座敷、個室の4種類があるようで、黒を基調とした制服にベージュのエプロンをかけ、頭に色とりどりのバンダナを巻いた店員さんたちがその間を忙しく動き回っていた。普通の居酒屋と違っているのは、各テーブルにきらびやかな和服を着た芸者風の若い女性が座り、三味線を弾いたり、お客さんと談笑したりしているところだった。
私たちが通されたのは、アケボノさんが予約していたとみられる、個室の席だった。第七地区の社員のうち歓迎会に参加していたのはアケボノさん、朔子さん、ウィルさん、黒砂さん、私の5人だけだったので、わざわざ宴会用の大きなお座敷を貸し切りにする必要はなく、家族や友人数名で使うような小さな個室席で十分事足りた。
「皆さんお酒を頼むと思いますが、島村さんは無理して合わせなくていいですからね」
私の隣に座っていた朔子さんが、テーブルの端に立てて置いてあったメニュー表(品数が多く、本のようになっている)を開き、私に見せてくれる。
「ソフトドリンクもあるので、好きなものを選んでくださいね」
昼間の荒々しい運転からは予想もつかないような細やかな気配りと、やわらかな話し方。姉と同じくらいの年頃で、また優しくてかわいらしい感じも姉によく似ている彼女には、若々しさを感じさせる、春めく色合いの明るいグレーのスーツと、元気な印象を与える栗色のボブヘアが良く似合っていた。雑な運転以外は私もこうなりたい。だから、けばけばしいギャルメイクが売りのチハ姉や、おしゃれでノリがいいけど、どこか性格のきつい子が多かった学校の「一軍」仲間ではなく、おとなしくて目立たない代わり、知的でやわらかな空気をまとっていたみのりと仲良くしておけばよかったなと、後悔まではいかなくとも、切に思う。自分磨きとか、そういう打算で付き合う友達を選ぶのはサイテーな人がやることだと思うけど…。ギャルに囲まれていたら出てくるのはギャルで、姉や朔子さんのようなかわいらしい女性や、みのりが将来なるかもしれない、しっとりとした感じの美人は現れないことだろう。あっ、でもね、私もつい最近まで形だけはギャルをやってたから、派手なタイプの女子を悪く言うつもりは全然ないよ。本当に色んな魅力の色んな人がいていいと思う。
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