第15話 ただいま研修中(3)

 2日目の研修は、ウィルさんが言ったとおり、実際にバスに乗り込んでの実践練習だった。同乗するメンバーは、ガイドのやり方についてダメ出しやアドバイスをする指南役がアケボノさん、乗客の役がウィルさんと黒砂さんで、運転手を務める若い女性社員だけが初対面だった。知り合いがほとんどだとはいえ、1日目の座学の研修とは全く雰囲気が違って緊張する。アケボノさんは、まだお試しの段階なので気楽にやってくださいと言うが、練習とはいえ仕事の一環であることには変わりなく、気楽になんてできそうにない。今まで習ってきた知識をギャラリーへの発表という形できちんと応用できるかを見られる、その試されている感じ、変に注目されている感じが嫌なのだ。

 以前にもあった同じような状況…小学校の九九や中学の百人一首の暗唱テストでは、一人で練習している時はすらすら言えるのに、先生の前に出たとたん頭が真っ白になって何も言えなくなるということを繰り返し、ことごとく失敗していた。今回はうまく乗り切れるだろうか。初日に配られた名所の一覧表をにらむ。一覧表には私が案内を担当する第七地区の名所が、写真と解説付きで、実際に回る順番と同じ順で番号を振られ、地図の上に並んでいる。解説文をまだ全部は覚えられてないので、表はずっと見ているとして、なおかつ名所の見逃しがないよう窓の外にも気を配り…ダメだ、うまくできる気がしない。失敗して、怒られる…そう思っただけでお腹が痛くなる。

 バスはアメリカのグランドキャニオンをほうふつとさせる赤い岩山へと差し掛かった。ここは魔王の時代には国内有数の鉄の採掘場だったところで、山の中腹やふもとには、トロッコや休憩所、労働者を住まわすための社宅など、当時の遺物がそのまま残っている。現在は自然の景観を損ねないために採掘は禁止されているようだが、鉄を採るための坑道はもちろん自然にふさがるものではないので、穴というかトンネルは開いたままだ。そんな空洞だらけのところの上をバスが通って大丈夫なのだろうかと心配になる。いつか岩山の崩落事故やバスの転落事故が起きそうで怖い。

  そして何よりも気がかりだったのが、前に座っている女性社員の運転がだんだん荒っぽくなっていること。出発した時は特におかしな様子もなく、時速40㎞程度の安全運転だったのに、走っているうちに気分が高揚してくるのか、徐々に加速し、赤信号にも注意を払わず突き進むようになった。カーブでも減速せず、そのままの勢いで通過しようとするので、曲がるのも結構ぎりぎりで危なっかしい。直線では妙なところで、小刻みにブレーキを踏み、加速と減速を繰り返すので、そのたびに体が前や後ろにつんのめりそうになる。

 これで大丈夫なのかとアケボノさんに確認するが、まあ、多少雑でも、朔子さくこさんの運転に間違いはありませんからね、これでも無事故・無違反のゴールド免許なんですよと涼しい顔だった。高速道路でもなんでもない公道で、時速120km以上出して爆走しても平気だなんて、異世界の交通ルールはどうなっているのだろう。結局怖くて座席から立ち上がれず、アナウンスも一度もできないまま、この日の実践練習は終わってしまった。グラウンド100周といった滅茶苦茶なペナルティーが課されなかったことだけが唯一の救いだった。

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