第14話 ただいま研修中(2)
終業直後のオフィスは落ち着かない雰囲気で、どこかバタバタしていた。2階の更衣室で私服(とはいっても異世界に来るときに着ていた、中学の制服だが)への着替えを済ませ、1階に降りる。受付窓口の近くで、休憩室はどこだったかなとフロア案内図を見ていると、不意に声をかけられた。
「島村さん、こっちこっち」
見ると、自動販売機の前の、飲食スペースの4人掛けのテーブル席で、ウィルさんが無糖の缶コーヒーを掲げている。隣では黒砂さんがペットボトルのお茶を飲んでいた。せっかくなので、(年齢詐称して雇ってもらった)居酒屋でのバイトの時に初めて教わった、社会人の挨拶なるものを久しぶりに実践してみる。
「お疲れ様です」
お疲れさま、と黒砂さん。ウィルさんも笑顔で挨拶を返してくれる。
「お疲れ。今日も大変だったね」
1階の休憩室で待ち合わせしていた2人と無事に合流することができ、私はとても安心していた。ウィルさんからは、黄昏時に女の子が一人で歩くのは危ないと言われていたし、行きも昨日のことで本社に用事がある2人と一緒に出勤しており、道をまだ覚えていなかったため、もし落ち合えなかったらどうやって帰ろうかと気が気ではなかったのだ。また盗賊みたいなのが出たらと思うとすごく怖い。
2人の方を見てぼんやり突っ立っていると、何か勘違いしたのか、ウィルさんが、島村さんにも何か飲み物買ってあげようかと言う。お言葉に甘えてアイスココアを買ってもらう。なんだか今日は甘えてばかり。ウィルさんと黒砂さんの2人は、午後は普段通り第一営業所での勤務だったのに、わざわざこちらまで出てきてもらったのは少々申し訳ない。しかも100円…じゃなくて100なんちゃら程度の(たぶん)安いものとは言っても飲み物までごちそうしてもらって…。私ってつくづく図々しいなと自分でも思う。だけど反省はしない。帰宅前の水分補給が終わったところで、立ち上がり、2人とともに休憩室を後にする。
◇◇◇
「いや~、今日もこってり絞られちゃったよ」
今となってはすっかり廃墟となってしまった石造りの旧市街を歩きながら、ウィルさんがなぜか楽しそうに愚痴る。
「何で易々とチンピラを侵入させるんだよって怒られて、始末書書かされて、壊れた鍵の代金まで弁償させられて…。強盗多発地域で、防犯責任者なんかなるもんじゃないね。クロはまともに戦わなかったからとか何とかで、近所の運動公園のグラウンド100周だったってさ」
いつも体力仕事で走るのには慣れてますけど結構きつかったです、と黒砂さんが笑う。いやいや、ちょっと仕事がうまくできなかっただけで、運動場のトラックを何周も走らせるって普通にパワハラじゃない? 中高のブラックな部活みたい。トラックが1周何メートルなのかはわからないけど、100周なんて、下手したら死人出るよ。
「とにかく、ケガもなく無事に終わって良かったよ。島村さんは明日バスに乗って実践練習だっけ。大変だと思うけど頑張って」
ウィルさんが励ましてくれるが、どうも釈然としない。もし何かへまをしたら、私も罰金取られたり、運動公園とやらを100周走らされたりするのだろうか。胸の内がひどくモヤモヤするが、案ずるより産むが易し、よくわからないことをうじうじ心配して悩んでいても仕方がない。とにかく今日はうちに帰ったら、早く眠るとしよう。
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