第8話 第一営業所(2)
「お待たせしました。お茶をどうぞ」
若い男の人の手によって、机の上に、湯気の立つ、温かい緑茶の入った湯飲みが3つと、せんべいの乗った大皿が置かれる。いただきますと言ってお茶を一口すすると、香ばしい香りがした。玄米茶のようだった。ウィルさんはお茶よりも先にせんべいをバリバリとかじっている。
私は飲み物を持ってきてくれた若い人をひそかに観察した。浅黒い肌に、引き締まった体つき。つややかな黒髪は長く、肩まで届いていた。紺色の作業服に工具のぶら下がった腰ベルトを締め、黒い安全靴を履いているので、たぶん車体の整備をしている人だろう。年ははっきりとは分からないが、10代後半から20代半ばくらいに見える。いっていても30歳を少し過ぎたくらいだろうか。私の視線に気が付いたのか、若い人も名前を教えてくれた。
「黒川直です。正直の直と書いてすなお。学校の友人からは縮めて
くろかわすなおさん…響きがきれいで、素敵な名前。私もお友達のように、黒砂さんと呼んでいいのだろうか。それにしても、愛称で呼び合うなんて随分とフレンドリーで、変わった会社だと思う。中学の職場体験では、同じ会社の同僚は男女関係なく名字にさん付け、上司は役職名で呼び、取引先のお客さんのことは名字に様付けで呼ぶのだと教わった。いくら話す言葉が同じでも、やはり異世界なだけあって文化…例えば人と人の接し方、距離感など…は微妙に異なっているようだ。この人たちも日本人のような名前だが、それも言葉が同じだから名前も自然と似通ってしまうだけで、本当は私と同じ「異世界」日本からの転生者などではなく、もともとこの異世界に住んでいた地元民であり、私とは全く別の文化や価値観を持った人たちなのかもしれなかった。もっとも、舞台は異世界なので、この2人が、ヒトではないがヒトによく似た、ヒトとは違う別の生き物だという可能性もある。
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