第7話 第一営業所

 着きましたよ、とアケボノさんに声をかけられ、私はハッと我に返る。ほんの10~15分程度うたたねしたくらいのつもりだったのに、実際には随分と長く眠っていたようだ。夜の早い時間にバスに乗ったあと、車内が照明なしでも明るくなるような、朝のまばゆい光の中で目が覚めたのだから、がっつり7から8時間は寝ていたのかもしれない。宵っ張りの私には珍しい事態だ。


「こちらが島村様の配属される、わが社の第一営業所です。どうぞ」


 アケボノさんに促され、バスを降りる。高いフェンスで囲まれた敷地の奥に見える第一営業所、かつての「白の監獄」は、平屋建てのコンクリート建築だった。白塗りされた四角い姿は豆腐に似ていて親しみやすく、刑務所というよりは公民館に近い開放的な雰囲気を醸し出していた。もっとも元牢獄にふさわしくセキュリティには気を使っているようで、敷地入り口の門と建物入口の玄関扉の鍵はオートロック式になっており、暗証番号を入力しないと開かなかった。アケボノさんに倣い、入り口近くの靴箱で下足をスリッパに履き替える。玄関から入ってすぐのところにある「事務室」の看板がかかった部屋では、ガラス張りの木製カウンターに呼び鈴が備え付けられており、ここが受付なのだとすぐにわかった。アケボノさんがそれを鳴らすと、中で机に向かったり床に屈んだりして作業していた人たち…とはいっても2人しかいなかった…が振り返り、事務室から私たちのいる廊下へ出てきた。


「おはようございます。隣にいるのが新しく入った子かな」


 金髪に青い目のおじさんが挨拶する。後ろには、紺色の作業服を着た若い男性が控えている。


「廊下で立ち話も何だし、中に入ろうか」


 外からだとカウンターに隠れてわからなかったが、事務室の中はひどく散らかっていた。部屋の中央には、4つの机がお互いに向き合う形で、くっつけて並べてあるのだが、どの机の上も、書類や文房具、その他小物で覆い尽くされ、天板が見えない状態になっていた。各机に設置されたパソコンと電話機も随分と窮屈そうに見える。床には書類の入ったファイルや段ボール箱が雑然と置かれ(または散乱して)足の踏み場がほとんどなかった。


「うーん、やっぱり面会室にするか。クロ、お茶の準備お願い」


 承知しました。すぐに準備します。若い人が先に出てゆく。行き先は給湯室だろうか。私たちはおじさんに続き廊下の奥の「面会室」へ向かう。アケボノさんは、次の仕事もあるので私はこれで、と去っていった。島村様は明日の朝9時から本社で研修ですから、その時また会いましょう。ウィルさんもお元気で。私はぺこりとアケボノさんに一礼する。


「悪かったねぇ、いきなりあんな散らかりっぷりで。地下倉庫から監獄時代の資料引っ張り出してきて整理してたら、思ったより多くて、収拾つかなくってさ」


 そう言って笑うおじさんは、自分は田中ウィリアムひろしだと名乗った。ミドルネームのウィリアムを短くしてウィル。田中さんでもウィルさんでも宏さんでも好きなように呼んでくれということだった。服装は、アケボノさんと同じで、下がスーツのズボン、上がワイシャツとネクタイ、頭に車掌帽という、バスの運転手としては何の違和感もない格好だった。背は男性にしてはやや小柄で、私と同じくらい。一目見た感じだとそれほど太ってはいないが、よく見ると少しだけお腹が出ていた。まあ、一言で表すなら、特別かっこよくもかっこ悪くもない普通のおじさんかな。仕事では第一営業所所長と第七地区エリア長(天界交通は自社のバス運行地域を第一地区から第七地区までの7つの地域に分けて管理しているとのこと)の2つを兼任していて、バスが時間通り運行できるよう走行中の運転手に指示出ししたり、時刻表を作ったり、収支計画を立てたり、忘れ物の問い合わせに対応したり、定期など各種割引券を発行したり…と色々やるべきことがあって大変らしい。ウィルさんの愚痴に付き合い、適当にうなずいているとドアが開き、先ほどの若い人が戻ってきた。

 

 

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