第1章 はじめての日々
第2話 異世界への道
「私、小説家になりたいんだ」
運動場の隅っこの水のみ場で、膝の擦り傷を洗いながら、同じクラスの山下みのりが言う。大人しくて目立たない子で、顔も特別美人というわけではない。しかし体操着の、紺色の半ズボンからのぞく白い脚、色白の肌はキメが細かく、しっとりしていて、少しなまめかしかった。私のがさがさで荒れ放題の肌とはわけが違う。化粧っ気のない頬や唇、それから華奢な手もきちんと保湿されているようだった。
読書好きで、品行方正、成績優秀。中身も明らかにこちらとは別の世界の住人だったけど、私がいろいろあって「一軍」のグループを追い出されてからは、漫画の趣味が似ていることもあり、たまに話すようになった。今日は体育でハンドボールをしているときに、運動音痴のみのりが転んでしまったので、保健委員の私がこうして付き添っているというわけだ。
「ボーイズラブとか、結構好きで...さっき言った投稿サイトでも、それっぽいの書いてるから、よかったらのぞいてみてね」
学年一の優等生がBL好きで、ライトノベル作家を目指しているのは意外な気がしたが、彼女のような子を見ていると、やっぱり夢を見ることは恵まれた者の特権なのだと思う。少なくとも、その特権は私にはない。
6限が終わり、ホームルームと掃除を済ませればあっという間に放課後がくる。本当は家なんか帰りたくないけれど、帰宅部だし、他に行くところもないので、公園や駅の辺りをぶらぶらしたあとで、一人ノロノロと自宅に戻る。3階建ての小さなボロアパートの1階、一番奥の104号室が私の住まいだった。
ドアを開けると、酒臭く湿っぽい、淀んだ空気がむっと立ち込めた。窓もカーテンも締め切っていて、電気もつけていないので薄暗かった。床にはビールの空き缶と煙草の吸殻、お菓子やインスタント食品の箱などが、飲んだまま、吸ったまま、食べたままの状態で散らかしてあった。ちゃぶ台の上にはくしゃくしゃに丸められた千円札が置かれていた。
ーまた、このパターンか。
私は鞄を床に放り出し、お札だけスカートのポケットにねじ込むと、そのまま、また外へと出かけてゆく。もう、辛気くさい家にはいたくなかった。この様子だと、母は、今月も、しばらく戻ってこないだろう。
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