赤竜王国ウィル(8)

「ありゃりゃ、早かったですねっ!」

「杖と宝石を分離する時間が結構かかるぞって言われちゃってさ、金属溶かしたりするのは数時間後みたいだし、諦めて出てきた」


「むぅ、それは残念でしたね」

「あぁ、本当に残念だ」


 その後は馬車の荷物をエスとヘルの二人で宿泊先に移動し、その間にニコが夕食を作り、作業が終わってから全員で食事をとり、各自シャワーを浴びて就寝するだけとなった。


「……今日は一人で寝る、ね」

「じゃあベッドの移動は俺がやろうか」

「……いいよ別に、分解しなきゃいけないから面倒だし」


 ベッドの横幅は寝室の扉の幅よりも広く、もし別室に移すならば一度分解する必要があるだろう。この後の予定もないので時間はあるのだが、今日だけのために別室に移動するのも手間がかかる。


「じゃあヘルがベッドの部屋を使ったらいいよ、俺は本来寝る必要はないし」

「……ううん、私が一人になる必要があるから大丈夫、ニコもいるし」

「だったらマットレスと毛布ぐらいは持っていくよ」

「……ありがとう」


 ゆっくりと紅茶を飲みつつ二人で会話していたのだが、この内容を不審とまではいかないが、不思議そうな様子で聞いていたのがニコだ。


「いいんですかっ!?」

「何がだ?」

「その……あっさりと別で寝るって話ですけど、喧嘩とかしたのかなってっ!」


 不安そうに語るニコだが、当然エスには喧嘩した記憶はないし、怒らせた心当たりはなくもないが今回の件とは別の話でだろう、なによりも。


「ほら付き合ってもない男女が別の部屋で寝るのって、そっちの方が普通だろ」

「むぅ、それを言われてしまうと、そうなんですけど……」


 男女という理由だけならばニコと一緒に寝ればいい話なのだが、ヘルは一人になる必要がありそうな様子だった。


「それに今日はコレまでと違って個室が複数あるしな」

 まだ不安そうな表情をするニコの頭にエスはポンと手を乗せてから立ち上がる。


「手伝ってくれるだろ?」

「あっ! はい!!」

 ベッドの上にあるマットレスを取りに寝室へ行く。


 ほんの少しだけ冷や汗を流しているせいだろうか。よく観察しないとわからない程度の些細な変化だが、澄ました顔をしていながらも、なんとなくいつもと違った、どことなく暗い雰囲気をヘルが見せているのにはエスも気づいてはいる。


(声をかけた方がいいか悩みはするが……どうもな)

 声をかけるのも間違ってはいないのだろう。


 だがしかし彼女はそれよりも先に迷惑をかけないと一人でいることを選んでいる。ここで声をかけて心配するというのは、彼女が自分達のために何かを隠そうとしている努力を否定することにもなる。


「なに、多分そんなに心配しなくてもヘルなら大丈夫だよ」

「気づいてはいらっしゃったんですね」

「まあな」

「うーん……わかりました」


 ヘルのいるリビングから寝室に移動した後で、ニコに少しだけフォローを入れてから、ベッドからマットを取り外し個室へと移動させる。


「ニコはどうする? 男と二人っきりが嫌なら考えるが」

「いやいや、一人で寝るなら私がリビングで……じゃなくてっ!」


 ニコは焦りながらも壁に向かってため息をつく。隣の部屋にいるであろうヘルを心配しているのだろう。


「本当に……いえ、わたしはエスさんと一緒に」

「わかったよ」


 一人で寝ても良いんだぞとエスは言いかけたが、なんとなく言うべきじゃないと彼は感じた。ニコは明るくて元気だが、どことなく影がある時がある。


(なんとなくだが……ニコはニコで一人になるのを嫌がってるな)


 まだ知り合って短いのもあって確証は持てないのだが、彼女はかなり孤独を嫌がっている。それも何かに付けて働いたり役に立とうと頑張ろうとするのを見るに、要らないと切り捨てられることを恐れているのではないかと、エスは思い始めていた。


(まったく、捨てられるのはむしろ……俺の方なのにな)

 少しでも早く慣れてくれれば良いのだがとエスはため息をつく。


「よし、マットの準備はできたしヘルを呼ぶか」

「そうですねっ!!」


 声をかけた時、ヘルは妙に神妙な面持ちで待っていたが「ありがとう」と言って立ち上がり、頭を下げてから個室に入る。


「……絶対覗かないでね?」

「わかってるって」

「……何があっても近づかないでね」

「わかった」


 何があっても近づくなと彼女が言ったという事は、エスやニコが近づきたくなるような何かが起こる可能性があるのだろう。


「……心配しなくてもいいから」

「信じてるさ」

「……ありがとう」

 パタン、とゆっくりと扉が閉まるのをニコと一緒にエスは見守った。


「まったく、無茶を言うよな」

「な、何をですか?」

「心配するなって、とんだ無茶な要求だと思わないか?」

「ホントですよっ!!」


 ダミ声になりながら大声で叫んで、ニコは寝室へと駆け込んで行く。

「ほんと、ヘルは思われてるな」


 寝室に駆け込むニコの後を追うように、エスも寝室に入り。ベッドの上でニコに抱きまくらにされながら、彼はスリープモードを起動し意識を落とした。


 ―――――深夜。


 基本的にスリープモードになったエスは外部からの刺激がなければ起きない。


 例えばニコが寝返りをうったり、強く抱きしめたとしても、人工知能であるキーが不測の事態ではないと判断してスリープモードを解除しないし、逆に起こそうという意志があるものが呼びかければキーがスリープモードを解除する。


 つまり、スリープモードが予定とは違った解除のされ方をしたというのは、何らかの緊急事態が起こったことを意味する。


(キー、何かあったのか?)

【危険度は低いですが、確認した方がいい事象かと】

(わかったから、具体的な事を先に教えてくれ)

【失礼いたしました、マスター】


 エスの視界に数値が羅列されて表示される。

「酸素濃度に窒素……空気の成分か」

【その通りです、マスター】


 空気中に含まれる成分の分析表があるのは、自分が人間をサポートする機械なのを考えれば、毒などの物質を判断できて便利だ。


(だけど……毒っぽいものは検出できてない、問題があるのはこの赤いのか)

 表示は空気中の含有魔素を示している数字で、一万を超えて増え続けている。


(一万って言われても基準がわからないな、魔素事態はなんとなく空気中の魔力かなんかだろうとは思うんだが)


【現時点では通常時の魔素濃度は百程度です、ヘル様の魔術で百程度の上昇、連続使用で千程度で飽和し、ソレ以上は増えにくくなる計算です】


(普通に魔術を使って戦うのは千ぐらいで……じゃあ一万ってどうやったら)

【大魔術クラス、及び大規模儀式の発動が例として挙げられます】

(……それって、どれくらいの規模なんだ?)

【大魔術を使えば、都市が一つ壊滅するレベルだと言われます】

(ヤバイじゃねぇか……)


 それが本当ならこの異常事態は念のためにという段階ではなく、すぐにでも対処した方がいい事案なのではないかと、彼は思いベッドから起きあがる。


(何が危険度が低いだ、都市が滅ぶかもしれないんだろ?)

【あくまでその量の魔力だという事であり、必ずしも破壊に使われると限りません】

(だとしても確認は……少なくとも発生源は調べないと安心できないだろ)


 エスは立ち上がり、魔素濃度が高い方を調べようとして、あることに気づく。

「この数値……壁の向こうなのか、この魔素の発生源」

【そうですマスター、この魔素の発生源は、ヘル様だと思われます】


 エスは息を飲み込みながら、何も知らずにゆっくりと寝続けるニコを振り返って確認し、再び壁の方を見る。もしエスが生身であるのならば冷や汗が出たことだろう。


「ヘル……何してるんだ?」

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