赤竜王国ウィル(7)
「……失礼しまーす」
「なんだぁ? 盲目の姉ちゃん、今日はもう店じまいだぜ?」
「……盲目じゃないし、定休日って札も見えてたから安心して」
「それ聞いて安心できる程のデクは奴は見たことねぇな」
鍛冶屋にいたのは壮齢の男性だ。彼は火がなく寒い鍛冶場の中で掃除をしながらヘルに目も合わせず背中を向けたまま応対した。
「勘違いしたバカかしらねぇが、物が欲しいならここじゃねぇぞ」
「……それも知ってる、紹介できたの」
「誰だ、そんな物知らずのヤロウは」
「……ブロンテス」
「なにぃ?」
作業を止めて振り返る彼の目には、目が一つしか無い。眼帯でも、失明して目がぽっかりと空いてるわけでもない。本当に目が顔に一つしか無かった。
「っち、あのクソじじいまだ生きていやがったのか」
「……元気にハンマーを振ってたよ」
ヘルはそう言いながら単眼の男に手紙を渡す。
「配達の依頼か?」
「……一応、そういう形で渡すように言われたよ」
単眼の男は、手紙を開き目を通しパンッと叩くように手紙を両手で叩く。
「なるほどな、嬢ちゃん武器を出しな」
「……どうぞ」
男はヘルから渡された武器を見てしかめっ面になる。
「これを造れと?」
「……報酬と材料はここに、それと理由は見れば解るって言ってたよ」
「見りゃ解るだと、あのクッソじじい……」
男は武器をさすったり、先についている宝石を見て調べ始める。
「つっても宝石杖なんざ鍛冶屋の仕事じゃないんだがなぁ、できなくはないが専門外ってのはお嬢ちゃんだってわかってる筈だよな?」
「……うん宝石杖ならそうだよね」
これが手持ちから先まで全てが金属で出来ているものならば鍛冶屋でもいい、金属を加工するのは鍛冶屋の仕事だからだ。
だが杖は大抵の場合取り回しが良く、軽さを求めたりもするので木製なので、杖を作りたければ鍛冶屋に行くべきではない。宝石杖に限らず木の杖というのは職人が木を掘り出して作り、その杖を使用用途によって儀式をして作り上げるのだから。
「木彫りなんざできないんだが、いや、待て、こりゃ宝石杖じゃないのか?」
呆れながら鑑定していた男の目つきが真剣なものへと変わる。
「こりゃ杖だが、あまり補助に使っておらんな……鈍器か」
「……うん、これで魔術はあんまり使わないよ、殴ってるだけ」
それを聞いて単眼の男は驚かないが、一緒にいたエスとニコが驚いた。
「え、杖使ってたんじゃないの、あの土壁とか」
「……あれは杖を握りってたから光ってたりしただけで、基本は殴ってるよ?」
「マジか、じゃあこの杖で魔法の効果上げたりとか」
「……してない」
どうやらこの杖は魔術を使う媒体に使い、威力を上げるための見た目をしているが、使用用途は完全にこの杖を魔力で強化して殴るというシンプルなものらしい。
「なるほど、そういう使い方はどの魔術協会も、神職もやりたがらん」
「……でしょ、だからここであってる」
「やれやれ、お前さん変わりもんじゃな」
単眼の男はため息をつきながらテーブルの上に杖を置く。
「じゃが新しいのを造る必要はなさそうに見える、こりゃ何をして欲しいんじゃ」
「……鍛え直して欲しい、ブロンテスはコレ以上は儂じゃ無理だって」
「それで儂にか?」
ほんの少しだが彼の声がうわずり、誰にでも彼が困惑しているのがわかる。
「クッッソじじいが無理なのを儂が?」
「……このサイズの鍛冶は儂には向かん、いい男を紹介するって」
「ほーん、じゃあなにか、じじいを投げ出した仕事を儂にやれと」
男はこの依頼が気に入らないのだろう椅子に腰をおろし大きく身体を反らしながら腕を組む。
「素材は」
「……木はその杖をまるごと使って大丈夫」
「そう言われたところで木材の加工はせんし、宝石と木材の接着部変えたところで大差なんぞないわ」
ヘルは男が不機嫌な事を気にもせず、ポケットからもう一つ素材を取り出して男の眼の前にゆっくりと置く。
「……もちろん、宝石も変更して欲しい」
「おい、こりゃ宝石っちゃあ宝石だが……正気か?」
「……正気、だよ」
「これを加工できるとあっちゃあ黙ってられんな」
出てきたのは黒い水晶だが、向こう側がすけないほど真っ黒で黒い光を出している。
「なにこの黒く光ってる石」
「……ダーククリスタライトって宝石、エスはちゃんと光ってるの見えるんだ」
「あぁ、黒い光ってのは馴染みがなさすぎて頭がバグリそうだが」
「……その光、一部の人しか見えないんだよ」
「そうなのか」
それが見えるのは魔術師の才能があるものが、更に修行した者だけなのだが、エスは何の修行もなく見ることができた。
(古代人に感謝だな)
「こりゃ魔水晶程じゃないが加工が難しくてな、ふむ、だが
「どういうことなんです?」
「じじいの巨体じゃ繊細な作業は難しいんじゃよ、腕があってもな」
この壮齢の男性が老人というのだから、ヘルをこの人に紹介した人物はかなりの高年齢であるのだろう。そうなると細かな作業はどうしても難しくなってくる。
「要するに儂にこのやたら上等な木材と宝石を繋ぐ金具を造れと」
「……お願いできますか?」
「職人としちゃあ腕がなる、いい杖職人も知っている、仕上げまでうちで引き受けれるが……お嬢ちゃんに払える金額じゃないぞ?」
難しい素材を作った物をオーダーメイドで加工するとなると相応の金額となるのは当然であり、それは並大抵の旅人では払えない金額だ。
「……お金については心配しないで、用意はあるから」
「そうかい、どれぐらいになるか聞いとかなくていいのか?」
「……ブロンテスがあの弟子はボッタクるような下衆じゃないって」
「ったく、あのジジイを必要以上に信用してるようじゃな」
単眼の男は腕組みを止め、立ち上がり背後にあった金属のテーブルを漁り始める。
「それでお嬢ちゃん、仕上げは明日の昼でいいか?」
「……大丈夫」
「本当はもうちょっと早くしてやれるんだが、若手が全員出払っておってな……と」
彼は申し訳無さそうに言うが、依頼した品が一日で出来上がるならば十分速い。
「その原因多分俺達なんで気にしないでください」
「原因がお前達……?」
「えぇ、出払ってる理由って峠の蛇の件ですよね」
エス達が入国する時、多数の鍛冶職人を載せた馬車とすれ違った。あの中にはこの店の職人も入っていたことだろう。
「蛇の件で違いないが……とするとアレか、大蛇を倒したってのはお前さん達か」
「そうです」
「なるほどねぇ、そりゃ値段の心配なんてないも同然だ」
彼は大声で笑い飛ばしながら、炉の中に藁や木くずを集めて、その上に薪を組み、どうやら今から取り掛かる様だ。
「疑わないんですね」
「ま、大蛇っちゅう稼ぎ時に稼ぎにいかないヤツじゃからな」
稼ぎ時に稼ぐ必要がないという時点で、特殊な事情なのだろうとこの鍛冶師は気づいていた、なので大蛇を倒したと言っても、驚きはしたが疑いもしなかった。
「……お願いしますね」
「おう、任せておけ」
「……それでは……エス?」
ヘルが頭を下げて鍛冶屋を出ようとしたが、エスが着いてこないのでヘルは首を傾げながらエスの袖を引っ張る。
「あぁごめん、ちょっと鍛冶なんて見るの始めてでさ、もうちょっと見たいから残ってていいか、すぐに追いかけるから」
「……むう……いいよ、わかった、何かあったらこれで呼ぶから」
ヘルは不満そうな評定をするが、エスの好奇心を優先してくれたのか、耳につけた無線機を指さしてから店を出る。
「行ったかな」
「行きおったな、でお前さんよ、何を頼みたいんだ?」
「あ、バレてましたか」
「それぐらい誰でもわかるわい」
さすがに露骨すぎたかとエスは苦笑いしながら、気を取り直して鍛冶屋に相談を持ちかけるのだった。
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