赤竜王国ウィル(6)

 組合長のアンが部屋から去り三人だけになり、自由な時間にはなった。


「今日はもう休むか?」

「……そうだね、あ、でも困ったな、ご飯どうしよっか」

「そうか、ここは食事なしの部屋か……下で食べるか?」


 下というのは一階のラウンジの事である、あそこは高級風のバーカウンターも存在していたので、お酒を飲みながら軽い食事もできるだろう。


「……でも絶対高いよ」

「金が入るからって散財してたらスグ使い切るもんな、お金は今まで通りで」

「……うん、でも普通の等級用の酒場なら安いかな」

「なるほど、ヘルもトライの組合でなんか食べてたな」

「……そうだっけ、覚えてないや」


「そういや、なんで旅人組合に酒場があるんですか?」

 ニコが不思議そうに首を傾げる。


「そういやそうだな、今までの国じゃ一応全部併設してたみたいだし」

 旅人組合の目的は、旅人の登録や、旅人として必要な各種手続きをしたり、依頼を探して受注したり報酬を受け取ることにある。


「武器とか道具を売ってるならわかるんですがっ!」

「あぁ、なんで酒場だけがあるんだ?」


「……旅人組合は基本的に酒場を設置しているの、特別な事情あったら別だけど」

「そんなに多いのか、理由は?」

「……暴れるから」

「あぁ……」


 その一言で、エスには察しがついてしまい少し暗い表情になる。

「仕事が終わった解放感で飲んで暴れて問題を起こすのか……」

「……特に旅人は腕っぷし自慢が多いし、雑だったり、荒くれ者も多いし」


 肉体的に健康で、体力が有り余っている人間、それも性格や能力、種族を問わずに旅人にはなれるのだから、どうしても酒癖が悪い者はいる。


「旅人の看板を首からぶら下げてるのに外で暴れられたら困るから、せめて組合の中で暴れてくれって……そういうことか」

「……うん」


 一部の人間が暴れたせいで全体の評判が下がるのはよくあることだ、それを少しでも防ぐために苦肉の策として旅人組合の中に酒場だけはあるのだろう。


「……組合の中なら他に強い人もいるし、止めやすいからね、物理でも魔術でも」

「たしかにな、腕っぷしが強いのはお前だけじゃないって牽制にもなるか」

「……それでも暴れる人は暴れるし、外で飲んで迷惑かける人もいるけど」

「苦労してんだな、組合員も」


(どの世界でも管理職は大変らしい)

「さてどうする、飯でも食いにいくか?」

「あっ、それならご提案があるんですがっ!」

「なんだニコ」


 ニコはビシッと元気よく真っ直ぐ腕を伸ばしてアピールする。

「ここにはキッチンも保存庫もありますので、馬車の荷物をうつしませんかっ!」

「なるほど、確かにここって賃貸物件だもんな、最低限の設備はあるのか」


 このまま一週間、馬車の保存庫にある荷物を放置しておくのも問題はある、保存食が多いので腐りはしないが、野菜などは鮮度が落ちていくし、一週間もすればかなり味が落ちる、食べれなくなるものも出るかもしれない。


「ザントの食材もまだ残ってるもんな……足りなきゃ街で買い足せばいいし」

「はいっ! 料理ならお任せくだされば作れますのでっ!」


 一週間の滞在だ、毎日外食をすればそれだけコストも高くなるが、今ある食材を使って食事をするのならばコストも抑えられる。大金が手に入る予定があるとは言っても、本当に手元に来るまでは油断してはならないのだから。


「……ねぇ、ニコは遺跡探索中の携行食とか、作れたりするの?」

「はいっ! もちろんですよっ!!」

「……じゃあ決まりだね、基本的にニコの手料理に任せて、たまに外食しよっか」

「ありがとうございますっ!!」


 ニコは嬉しそうに喜ぶが、その様子を見て素直に喜べない二人がいる。

「どうかしました?」

「いや、なんでもないさ、あんまり無理するなよ?」

「はいっ!」


 話は決まったので三人は荷物を取りに下におりる、三人の中ではヘルしか動かせないエレベーターを操作して、一階の高級ラウンジに降りる。


「え、失礼、行って参りますわ!」

 降りた瞬間、先程別れたアンさんが、エレベーターから降りるエス達を見て、血相を変えて猛ダッシュで近寄ってきた。


「ど、どうかしました、まさかもう遺跡にお潜りになられますの!?」

「いやそれは最短でも明日からの予定で、場所の荷物を取りにだが……」

「よ、よかったですわ……」


 アンは安心したように肩の力を抜いてから、コホンと咳払いをして

「国王から、遺跡に入る前に一度謁見をしろと仰せつかっておりますわ」

「国王様から?」

「はい、遺跡に入るのは許可制ですので、おそらく形式的なものだと思いますわ」


 エス達が先史文明の遺跡に入ること自体は、特等になる条件として話していたのだから、既に許可してしまっているので入れるのだが、本当に今スグ遺跡に突入されると彼女の立場的にも大変困ったことになるのだろう。


「了解した……国王に言われてるのに無視して入ったら大問題だからか」

「えぇそうですわ、理解が早くて大変助かりますわ」

 このまま遺跡に入られでもしたら、この国と余計なトラブルを招くので彼女は焦ったのだろう。


「ちなみに他に伝えておきたいことはあったりする?」

「いえ……他にはありませんわ」

「そっか、じゃあ行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃいませですわ」


 三人はアンに見送られながら旅人組合のから外に出た、組合の正面入口からは大量の人員が列をなして出発するところであり、おそらく大蛇の解体に駆り出される人員だろう。


「……ほんと、おお仕事なんだね」

「暫くかかるんだろうなぁ、これ」

「……これなら新人も働き口には困らなさそう、だね」

「そうだな」


 列の先頭にいた旅人がエス達を指さしてから、深く頭を下げる。すると後ろの旅人達にも伝播したのか、帽子を脱いで頭を下げたり、胸に手を当ててお辞儀をしたりと列にいた旅人全員が各自、自分達の文化での最敬礼をして感謝を示した。


「……顔バレしてる」

「いつ知れ渡ったんだよ」

「……わかんない」

 恐るべき伝達の速さである。


「これだと馬車のとこ結構混んでそうだよな」

「……確かに人でいっぱいだもんね……あ、そうだ」

 ヘルは何かを思いついたらしく、進行方向を馬車の方角とは違う、街の商店が多そうな方へ切り替える。


「……先に行きたい場所あるんだけど、荷物の前に行って良い?」

「もちろんだよ大量の荷物を持ったら、買い物だってしにくいしな」

「……ふふ、ありがとう、ね」


 ヘルに導かれるままに、エス達は商店の多い通りを進んでいく。

「道がわかるのか?」

「……うん、組合からどういけばいいかって、教えてもらってるから」


 どうやら今回は目的の店があるらしく、ヘルは途中でメモを何度か見ながらエス達を先導する。


「そう言えば気になってたんだが、組合の中に道具屋とか武器やって無いんだな」

「……そうだよ、昔問題になったから」

「問題に?」

「……地元にお金が落ちないじゃねーかーって」

「なるほど」


 確かに旅人組合の中で武器も防具も道具も買えてしまえたら、街に出なくて良いとなり地元の商店は潰れてしまう。酒場ならば地元にも客がいるから良いのだろうが、武器屋なんかは最大の顧客が旅人なので、組合が独占してしまうことになる。


 商品を売る店が一つしかなければ、競争は産まれないので良い武器を作る必要がなくなり、武器の質が悪くなれば旅人の命に影響する。旅人組合の中に、武器屋はあってはいけないのだ。


「それで、これから行く店は?」

「……ここだよ、ちょうど着いた」


 そこは商店がある区間からほんの少し路地に入った黒煙を煙突から吹き出しながら、近づいただけで気温が三度は上がるよな、レンガ造りの鍛冶屋だった。

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