赤竜王国ウィル(5)

 エレベーターを上がり、廊下を進んだ先に用意された部屋は、エス達が想像していた豪華な部屋、というわけではなかった。


「……あれ?」

「どうかいたしましたか?」

「……ううん、思ったより落ち着いた部屋だね」

「リラックスしていだきたいので、こういった作りにしておりますわ」


 ただ内装に豪華な家具もあまりなく、強いて言うならベッドがザントの高級ホテルのように上質なことぐらいだ。


「部屋数は多いんだな」

「はい、リビングにキッチン、個室が二つに寝室、もちろんトイレと室内風呂も用意しておりまして、更に応接間もありますわ」

「応接間……?」


 応接間とは文字通り来客の対応をする為の部屋であり、自分達が客である筈の宿泊施設にはあまり設置されていない部屋だ。


「人を呼ぶことが前提にあって、キッチンもある、後は収納も多いな……」

 二・三日という短期間泊めるというよりも、長期間の滞在をこの部屋は想定している作りである、となるとこの部屋は宿ではない。


「なるほどな、この部屋は本当は賃貸か」

「はい、本来はこの街を、特等旅人様の拠点にしていただきたいと用意しておりましたの……用意したお部屋が全部埋まったことはありませんけど」

 ため息を付きながら、アンは残念そうに言う。


「納得がいったよ、宿があるのに最初外の宿の話をしたのも、妙に値段設定があやふやだったのも、宿として用意してないからその場で決めたんだな」

「お恥ずかしながら、その通りですわ」


 つまりはこの部屋に飾り付けの小物や家具が最低限しか存在しないのも、全てはこの物件に滞在する人物が好きにインテリアを決めて自分好みの部屋にする為だ。


「……よく、この部屋を一部屋ずつ渡そうとしたよね」

「そこはアドリブでしたので」

 どうせ部屋は余っているのだしと、普通の宿屋に習ったのだろう。


「……とりあえず、一週間使っていんだよね」

「もちろんですわ、それに買い取って頂いてもこちらとしては……」

「……それは考えておくね」


 ともあれ一週間活動するための拠点は出来た、次はこの街でどう活動するかだ。

「他にご要件は?」

「……私からは特に、エスは?」

「そうだな、できればでいいんだけど、俺もそれ持てるのか?」


 エスがそれと指さした先にあるのは、ヘルのポシェット。

「……それって、もしかして旅人カード?」

「組合証だっけか、俺も持っていい物なのかなと」

「……このカード作るのを拒否された人って見たことないけど……どうだろ?」


 二人は同時にアンの方を見ると、アンは既に書類を取り出してテーブルに置いているところであった。


「準備いいな」

「組合長たるもの、契約書は常に持ち歩いておりますわ」

 エスは苦笑いをしながら書類にサインするためにテーブルにすわる。


「仕事熱心なんだな、ではとりあえず書類を拝見させていただいても?」

「えぇ、どうぞじっくりと目を通してください」


 エスはゆっくりと、一文ずつ丁寧に契約書を読んでいく。懸念していたのは翻訳の影響でニュアンスが違い、契約を誤解することではあったが、先史文明の翻訳システムはかなり優秀だったらしく、細かな内容も間違いなく理解できそうだ。


「質問があれば何でもお聞きください」

「そうだな、思ったより規則がゆるいって印象だが」


 契約書にはかなり細かく規約が書いてあるが、基本的には旅人を保護するようなものが多く、とにかく旅人に無駄死にして欲しくないというのが伝わってくるが、行動を禁止するようなものは、ほぼ記載されていない。


(国によって法が違うから禁止事項が少ないんだろうけど……それでも人殺し、裏切りに対する処罰は重いんだな)


「訪れた国の法が到底守れないものだったらどうするんだ?」

「そういう野蛮な国は組合が無いことが多いので、組合がないとわかれば逃げた方が懸命かと……もし入国後、法に関して保護を受けたい場合は組合に逃げてください」


「組合に逃げ込んでどうにかなるものなのか?」

「一旦は匿えます、旅人組合を設置した時にそういう契約を結びますから」

「治外法権ってやつか」


 この世界には大使館のような何か合った時に旅行者を保護する様な建物はないと、そうエスは思っていたが、どうやら似たような事ができる施設として旅人組合が利用できるようだ。


「治外法権ですか……?」

「あぁ、国の中にあって、その国の法律に従わなくて良い場所だ」

「なるほど、そういった意味では確かに組合の建物は治外法権と言えるでしょう」


 治外法権と言っても実際は国の中にあるのだから、土地を貸している国が出ていけと言われれば出ていかざるを得なくなる、だが旅人自体は国にとって有益なので、建物一つ分の土地ぐらい安いものなのだろう。


「でもわかったよ、この建物を使って良いってだけで、契約を結ぶ価値がある」

「納得いただけてありがたい限りですわ、ではサインをいただけます?」

「そうだな……けどその前にもうひとついいか?」

「えぇ、なんなりと」


 エスは最後の確認をするために、書類のある一箇所を指さし。

「この『等級は旅人組合が提案し、本人が合意した上で決定される』とあるが、俺はどの等級からスタートになるんだ、駆け出しからでいいのか?」


 等級は旅人になる上でかなり大事な要素になる。なにせ特等級になればここまで厚い待遇を受けることができるのだ、ならば下の等級になれば冷遇されることも考えられれば、ヘルが最初は維持しておきたかった二等級でもそれなりの待遇にはなるだろう。自分の等級はかなり重要な要素になる。


「特等級からのスタートですわ」

「いいのか、最初からその等級で」


「もちろん、但し書きとして、ヘル様、ニコ様のお二人とパーティー状態のみと限定しての等級となり、単独の等級は解散後に改めて査定しますわ」


 つまりは現在組んでいるパーティーの等級が優先されるという事らしい。

「わかった、俺はサインするよ……」


 エスは渡されたペンを取り、紙を片手で支えてから、書類に必要事項を書こうとするが、問題が発生する。


(そう言えば翻訳機能で、この言語で文字って書けるか?)

【可能です、アシストします】


「なあヘル、俺って出身ってどこになるんだ?」

「……え、知らないよ、不明で大丈夫……だよね?」

「えぇ、よくあることですので大丈夫ですわ」

(出身地が不明ってよくあるのかよ、俺が言えたことじゃないけど)


「それで、種族は?」

「……魔人族で良いんじゃない?」

「え、そんな適当でいいのか?」

「うん、というか困った時はみんな種族を魔人族にするし」


 どうして魔人族で良いのかわからず、エスは本当にそう記載して良いのか躊躇う。

「魔人族というのは、魔力をもった亜人全般を指す言葉ですわ」

「……範囲が広いんだよ、ニコだって獣人だけど魔人族でも間違ってないし」

「それに希少種の皆様は自分の種族を書くのを嫌がりますので、種族を隠したいかた、複数の種族の血が混じっているかた等が誤魔化すために魔人族にするのですわ」


(なるほど、嘘は言っていないから良いという判断なのか)

 この世界ならではのルールだろうが、エスも機械で出来た人造人間であり、種族を隠したい側の存在だ、ここはこの風習に乗っておくべきであろう。


「契約の締結ですわね、では、こちらが旅人カードです」

「ありがとう」

 無事、エスは契約をし、旅人組合に入ることができた。


「これで以上ですか?」

「あぁ、俺からは以上だけど……ニコは?」

「はいっ!?」

 気を抜いていたのか、驚きの声をあげるニコ。


「ニコもカード作らないのか?」

「え、いいんですか? 一応奴隷身分ですけどっ!?」

 確かに言われてみれば奴隷が旅人になれるかは少し疑問がある。


「むしろ奴隷が主人の命で旅人になるケースは多いので、問題ありませんわね」

「だそうだ、ほら、ニコも契約していいよ」

「あ、ありがとうございますっ!」


 複雑そうな顔をするアンとヘルであったが、ニコはその横で嬉しそうにサインをし、旅人になるのであった。

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