赤竜王国ウィル(4)

「まず、報酬の件からお話させていただきますわね」

「……わかった、多分査定額からかな?」

「えぇ、まだ査定額が出ていないのと、査定にお時間がかかるというお話ですわ」


 査定に時間がかかるというのは、まだあの蛇の資産的な価値が判明していないのと、あの大蛇を街に持ち運ぶコストも計算に入れての事だ。


「大蛇の輸送費用は、今回は国と組合から補助が出ますので、輸送費の御負担は少なくはなりますが、やはりそれでもあの大物だとそれなりの費用に……」

「……それは構いません、さすがに黒字になりますよね」

「えぇ、現在頭部だけの鑑定ですが既に想定されている輸送額よりも高額ですわ」


 最初にこういった黒字である事を強調して話すのは、旅人を続けて貰いたいという思惑があるからだ。大型の依頼で報酬の不安があれば、誰も危険な依頼を受けなくなってしまうだろう。


「……どれくらいかかりそう?」

「一週間は欲しいですわね、そこに報酬もお支払いするとなると半年は……」

「……さすがに、そんなにこの国に滞在してないと思う」

「えぇ、そうだとは思っておりますわ、ですが今回の報酬はここに保管してあるお金を余裕で超えて超えておりますの」


 これだけ高額となるのは旅人組合としても想定外ではあるし、想定してたとしても蓄えておけるお金にも限界があり、今回はその限界を余裕で超えてしまっているのだ。


「なので、ご提案がありますわ」

「……提案?」

「カードに支払い残高を記入致しますので、分割でお支払いさせて欲しいのですわ」

「……分割、そういうのってできるの?」

「はい、他の支部でも報奨金の支払いが可能なのですわ」


(銀行のようなシステムだな……ヘルが知らなかった辺り浸透してはないようだが)

「ちなみになんだが、お金が入るアテはあるのか?」

「もちろんですわ、あの大蛇の売却金で十分補填できますわね」

「その様子なら、売る相手も確保してそうだな」

「もちろんすわ」


 にっこりの微笑むアン。

「ソレなら良いが……もう少し質問しても?」

「どうぞ遠慮なく」

「この形態の支払いって、よくやってるのか?」


 一般的ではない方法だと、他の旅人組合に行っていざ引き落とす時に、相手の受付がこの支払いシステムを知らず、揉める可能性があるし、支払い拒否をされる可能性がある。いざという時にお金を引き落とせないのでは困るのだ。


「実は前から特等クラスの皆様には、この支払い形態をお願いしておりますの」

(完全に新しいシステムならともかく、信頼と実績があるわけか)

「俺はそれで良いと思うよ」


 こういったシステムはエスの方が馴染みがあるので抵抗が少なく、彼はあっさりと受け入れることができる。


「……じゃあ一旦それでお願いします……来週来れば良いの?」

「はい、来週で大丈夫ですわ」

「……それじゃあまた来ます」


 ヘルは頭を下げてこの場から立ち去ろうとし、ふと思うことがあり立ち止まる。

「どうかしました?」

「……ちょっと聞いとこうかなって」

「なんでしょうか、あぁ早急に金銭が必要でしたら、可能な限りお渡ししますわ」

「……それもなんだけど、いい宿の場所、聞いておこうかなって」


 宿の場所というのは重要だ、しかし

(この人に聞く必要があるのか?)

 と疑問に思う。


「宿ですか、確かにお察しの通り、周辺の安い宿はいっぱいですわね」

「……だよね、急に長期滞在になった人、結構いそうだし」


 この世界の宿の需要というのは、基本的に旅をしている人間が目的であり、その旅をするリスクが大きい世界なので、観光客もザントのような特殊な事情でもないと多くはないので、宿の絶対数は少ない。


「高い宿なら空いてると思われますが、それよりもいい宿がありますわね」

「……ここでしょ?」

「あら、ご存知でしたのね」

「……旅人組合でも泊まれるって話は聞いたことがある、けど」


 ヘルは宿屋を探さなくて済むかもしれないというのに。あまりいい表情をしていない、どうやらここに泊まるのは不満がありそうだ。


「……組合で泊まると、大部屋で雑魚寝だって聞いたてるよ?」

「違いありませんわ、大半の方々は集団部屋で寝ていただいてます」

「……雑魚寝はヤだなぁ」


 雑魚寝になると何人もの人物と一緒に寝ることなり、どうしても警戒してしまうストレスから十分に休めなかったり、沢山の目があるのでエスの身体がバレやすいデメリットがある。


「それなら馬車で寝るか?」

「……うん、そっちの方がマシかな」


 そうした雑魚寝を選ぶくらいならば、馬車の中で宿泊するほうが良いと二人が判断するのも仕方ないことだろう。


「そこでです、お三人方は込み入った事情がお有りでしょうし、やはり旅人組合でお泊りになられるのが、わたくしは良いと思うのですわ」

「……だから雑魚寝はヤなんだって」

「特等に限り用意してる個室がある、としても?」


 その言葉を聞いて怪訝な表情を浮かべるヘル。

「……あるの、個室?」

「はい、お安くしてありますわ」


 にっこりと笑顔を見せるアン・ブラウニー。

(一旦野宿を覚悟させといて売り込むとか……商魂逞しいというべきか?)


「……いくら?」

「三人三部屋で七日、一日銀貨七枚と致しまして、端数切り落としの七十枚ですわ」


 この値段は安宿が銀貨五枚だった事を考えれば少し割高だが、このラウンジの質を考えれば相応の値段ではあるのだろう。しかも一人一部屋用意するという周到っぷりだ。


「……一部屋でいい」

「あら、失礼そういう間柄でしたの」

「……違うから」

「でしたら、五十枚でどうでしょう?」


 部屋のでの値段計算ではなく、人数での計算なので単純に三分の一の値段とはならなかったが、それでも破格の値段設定と言えるだろう。


「どうする、ヘルに任せるが」

 率直な話『優遇されすぎて後が怖い』とエスは内心感じていた。


 ここまで優遇される理由はわかる。特等にまで上がる腕を持った優秀な旅人を単純に手放したくないのだろう。だからできるだけ優遇するし、予算を割く。


(逆に言えば、待遇をこれだけ良くしても、見返りの方が大きいってことだ……この見返りの分なにをさせられるかわかったもんじゃない)


 こういった場合、特権にあまりにも甘えすぎるといざという時に危険な仕事を

『ここまで優遇したんですから断らないですよね』

 と押し切られる事もある。


 そんな魂胆を相手が今は持っていなくとも、困った時に無意識に使う可能性、正直なところ今は面倒事を押し付けられて時間を浪費していられない、まだ切迫した状況ではないが、タイムリミット自体は着実に近づいているのだ。


「……今回は使わせてもらいます」

「かしこまりましたわ、ではこちらに」


 アンは三人を連れて小部屋に案内し、壁についているボタンを押しながら魔力を込める。するとロープに魔力が伝わってその小部屋が滑車によって引き上げられた。


「人力の魔力を動力としたエレベーターか」

「おや、御存知ですのね」

「まあ……ほら、ザントで似たようなもを見たからな」

「なるほど、ザントからいらしてたのなら当然御存知ですわね」


 エレベーターは勢いよく登っていき、地上から三十メートルのところで止まる。この高さは時計塔の半分より少し高いぐらいの位置である。


「折り方は同じ様に魔力を込めて……苦戦するようでしたらベルでお声がけを」

「……了解です」

 エス達三人の中ならば、ヘルだけがエレベーターをつかえるだろう。


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