赤竜王国ウィル(3)

「……ここは?」

「VIPと特等級限定のスペシャルなラウンジですわ」


 生前から高級店とは無縁だったエスだが、ここが派手ではないがさり気なく高級品を置き、リラックスできる様に仕上げた高級志向の空間だということは入った瞬間に理解できる。


「……どうして」

「それはもちろん、特等級の旅人様には優遇措置をさせていただいてるからですわ」


 特等になった旅人に優遇措置を取るというのはおかしい話ではない。腕利きの旅人には国としては長く居て欲しく、旅人組合としては他組織に流れたりしない為にも、優秀な者ほど待遇を良くして引き止めたいものだろう。


「……そうじゃなくて、私達特等じゃありません」

「はい?」


 この状況のおかしなところは、このラウンジが豪華すぎる事ではない、この空間に連れてこられた事自体なのだ。


「そんなここからでも実物が見えるぐらいの大蛇でしたわ、それを討伐したのが普通の旅人なんてことあるわけが……」

「……どうぞ」


 ヘルは疑う給餌服の女性に自身の旅人組合のカードを手渡す。

「た、確かに一等級……しかも昇格認定は一昨日」

「……うん、だから通常待遇でいい、よ」


 女性はヘルに対して困った表情を見せた後「少々お待ちを」と言い、奥にいた人間を人差し指を小さく動かして呼びつけ、小声で数度会話を交わした。


「問題ありませんわ、たった今昇格させますので」

 彼女はニコリと微笑んでカードに魔力を流し込み始める。


「……待って」

「待ちませんわ、あの成果で昇格しないというのが無理ですもの」

「……それはわかるけど話を聞いて」

「仕方ありませんねぇ」

 彼女は二本の指で挟んだカードへ魔力を送るのを中断し、話を聞く体制になる。


「……まず、倒したのはこのエスのちから」

「はい、ですがパーティーとしての評価というのもおわかりでしょう?」

「……このパーティーは、仮組み」


 この三人のパーティーは半年だけという契約でエスがヘルに頼んで組んでもらっているものなので、半年後どうなっているかはわからない。


「……解散したら私達は二等級ぐらいの能力しかない」

 今のパーティーが解散した場合、今のエスは特等級を倒せる攻撃力に関してならば問題ないのだが、圧倒的に経験や知識が足りていない。


「……半年後には解散する予定、だから特等級にはなれない」

 エスとしてはこのパーティーで長くやって行きたいとは思ってはいる。だが今でさえ渋るヘルに無理を言って着いてきてもらっているのだ、半年後の延長をヘルが拒否すれば、このパーティーはそれまでなのだ。


「事情はわかりました、ですがやはり貴方達は特等に上がるべきですわ」

「……なんで?」

 ヘルが少し威圧するような目を彼女に向ける。


「特等になれば様々な特権が受けられます、特にそこの男性……」

「エスと言います」

「ありがとうございます、エス様」

 一度彼女は深く頭を下げる。


「これは王に言われた事なのですが、この国の古代遺跡が目的ですわね?」

「なっ……」


 エスは何も言っていない、もしかしたら攻撃だけは見られていた可能性はあるが、それだけでエスが求めているのが古代遺跡からの情報や、寿命に直結する魔水晶だとは予想できないはずだ。


(機械だってバレてるのか?)

 だとしたらなぜバレたのか。


(馬車の中から撃ったんだから、大蛇にしか変形した腕は見られてない)

 見られたのはエスの姿と放った魔導砲の光だろう。つまりあの王は、それだけで彼の正体を見抜いたということになる。


「あら、目的じゃありませんでした?」

「ここに古代遺跡があるなんて初耳ですね」

「おや、でしたら興味がありませんのね?」


(古代遺跡を探索する必要か……)

 古代遺跡ということはエスが作られた時代の機械が眠っている場所だろう。


(一万年前の遺跡だろ、正直俺が動くだけでも奇跡だと思うんだけど……)

 実際には奇跡じゃなかったとしたら。

(まだ使える機会があるか確かめに行くだけの価値はあるし、魔水晶の在庫も期待できる……それに俺がなんなのか知れる可能性もある)


「興味はある」

 ここまで遺跡に潜る理由があるのだから、嘘でも興味がないとは言えない。


「でしたら、特等になるのを受け入れるべきですわ」

「もしかしてだが、遺跡に入る条件がソレなのか?」

「その通りですわ、古代遺跡は現在特等級以上のみ立ち入りを許可しておりますの」


 エスはヘルの気持ちと自分の目的とを天秤にかけることになった。ヘルに頼っている手前、これ以上が嫌だと思っていることをさせたくはない。だが、自分の生存時間を延ばすためには遺跡に潜らなければいけない。


(これは自分だけで決められないな)

「ヘルと……相談させてください」

 ヘルが少しでも渋るならば諦めようと考えていた、今回は行けなくても半年後に改めて来るという選択肢もあるのだ、現状の未熟な段階で潜るのは危険なのだから。


「……ううん、相談する必要はない、よ」

 厳しい表情を続けながら、ヘルがエスとの対話を拒否した。


(話し合うまでもないってことか……)

 仕方ない、どこまで無茶をしていいかの判断はヘルに任せているのにも関わらず、かなり無茶な判断をエスの為に続けてもらっているのだ、この辺で一度この状況を見直すために拒否されたとして、何も文句は言えない。


「……パーティー解散後に、等級を下げる為の注釈を書いてください」

「えぇ、かしこまりましたわ」


 諦めかけていたエスに、この二人のやり取りには驚くしか無かった。

「ヘル、嫌なんじゃないのか?」

「……嫌だよ、でもどっちが優先順位考えたら、こっちだし……行きたいでしょ?」


 何も言わないのにも関わらず、ヘルは彼の意を汲んでくれたのだ。

「あぁ、古代遺跡は確認してみたい……ありがとうな」

「……その代わり、今度、一回ぐらいはこっちの我儘も聞いてもらうから、ね?」

「一回どころか、いくらでも我儘を聞くさ」

「……わかった、覚悟しといてね」


 イタズラっぽい笑みを浮かべる彼女に少し選択を間違えたかとエスは思いはした。けれど彼女の我儘ならば何でも聞いてやりたい、そんな風にエスは思う。


「どうぞ、昇級処理が終わりましたわ」

「……ありがとうございます」

 ただエスの為に受け入れたとは言っても思うところはあるようで、ヘルは受け取ったカードを暫く見つめ続けていた。


「それでは改めまして旅人協会へようこそ特等級の皆様、歓迎いたしますわ」

 彼女はゆっくりとスカートを広げて優雅に礼をする。


「ところで、口調と言い佇まいといい高貴な御方だと思うんですが……」

「あら、やはり姿だけでは誤魔化せませんのね」

「そりゃまあ」

 給餌服の姿以外は、隠す気が無いような素振りだったので、彼女が素性を隠す気だったのにエスは内心驚く。


「当方、この国のギルド長、兼旅人組合北東エリア代表を務めさせて頂いております、アン・ブラウニーと申します、以後お見知り置きを」

「ブラウニー……」

「あら、エス様ブラウニーの語源をご存知?」

「あ、いえ」


「改めて、エスといいます」

「……パーティーリーダーの、ヘルです」

「どれ……下働きのニコですっ!」

それぞれが挨拶しながら、エスはブラウニーについて思い出してみる。


(ブラウニーか……チョコレートケーキと、妖精がいたな)

 あまり伝承に詳しくはないので名前だけではあるが、ブラウニーと聞いてエスには連想するものが二つ合った。


(でも、ブラウニーって小さな妖精で、確か家の手伝いをするようなのだった筈だし違うよな、あ、思い出したらチョコレート食べたくなってきた)


「こほん、それでは改めまして……大事な報酬と今後についてお話させても宜しいですわね?」

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