赤竜王国ウィル(2)
馬車は坂を下って城壁を通り抜け、無事に王都ウィルの湾岸地区へ入国する。
「凄い行列ですねっ!」
「あれだけの大蛇だからな……」
城門から山を登っていく大人数の兵士や傭兵、そして旅人と見られる者達の大行列とすれ違う、あの巨体を持つのだから運び出すのも一苦労だろう、駆り出される人数は数百人規模になるのかも知れない。
「どうやって持ち運ぶんだろうな?」
「さぁ、でも引きずるのは無理ですし……切り分けるのかとっ!」
多分それが一番現実的だろう、といってもあれだけ丈夫な蛇革だ、まともに斬り出すのも時間がかかりそうだ。
「……あっ、ドワーフ族」
馬車の前から眺めていたヘルが小さく声をあげる。外を見ると大きな兜と分厚い毛皮を着込んだ屈強な男達が馬車の荷台に乗って運ばれている。
「あれがドワーフか、思ったよりは小さくないんだな」
「……昔はもっと小さかったんだよ?」
「そうなのか?」
「……うん、食事事情が改善したら平均身長が伸びたとかなんとか」
そう言えば同じ様な話を聞いたことがあるのをエスは思い出す。かなりの種類の肉を生食の危険性や宗教的な理由から禁止されていたけれど、とあるきっかけで解禁し生活水準が上がった結果、国の平均身長が過去百年と比べて十センチメートルも伸びたという、ドワーフ達も恐らく同じ原理だろう。
「……でも地方の洞窟に住んでるようなドワーフは、まだ小さいんだよ?」
「どれくらい差が?」
「……地方のはエスの半分くらい、ここにいるのは私とニコの間ぐらいかな」
ニコは小柄だと言っても身長は140センチぐらいはありそうだし、ヘルは160はあるだろう。確かに筋肉質な男が全員このぐらいの身長なのは全体的に低めではある。
「同じ種族なのにかなり個体差があるんだな……」
「……洞窟の中のコケとキノコと岩、それとトカゲとコウモリを食べてたらしいし」
「それが大量の肉を食えるようになるなら、背も伸びるわけか」
それにしても元から頑丈で、怪力を持つイメージが有るドワーフに、体格まで加わっているのだからさぞかし強そうだなと、すれ違うエスは馬車を見送った。
「……今度はたたら族だ、こっちにも来てるんだね」
「たたら族?」
「……あ、知らないんだ」
「名前に心当たりが無いわけじゃないけど……な」
たたらという単語でエスが思い浮かんだのは、踏んで鍛冶で火に風を送るための装置と、一本足に一つ目妖怪の一本だたら。
「あの荷台に乗ってるのがか?」
「……うん、全員眼帯してるでしょ」
「確かにしてるな、種族の特性か?」
「……そう、たたら族は産まれつき左目が無いんだって」
中央にこそ目が寄っている訳では無いが、左目が無いということは一つ目であるとも言える。
「足も一本だったりするのか」
「……よくわかったね、実は知ってたりした?」
「心当たりがあってな」
片足の隻眼とくれば間違いなく一本だたらの近縁種だろうとエスは確信する。たがなぜ日本の妖怪がこの世界にいるかと疑問がある。
「ま、ドワーフもいるんだし妖怪ぐらいいるか」
「……どうかした?」
「いや、
「……む、またよくわかんないこと言ってる」
進化をする現象を言う言葉で、今回は進化ではないが、似たような存在くらいいてもおかしくない、そうエスは考えた。
(それに、言語翻訳してるんだ、実際これが本当にドワーフって名前かもわからんしな……翻訳を切ったら全然知らない、ドッゴモッチョとか言ってるかも知れん)
たたら族の載せた馬車も見えなくなり、街の中を進んでいくが、行列が途絶える気配がない。なにやら自分達の考えているよりも大事になっているのでは、と三人は思い始める。
「……ねぇ、旅人組合の道って大丈夫?」
「あはは、それがですね、守衛さんが言うにはこの列の先にあるって」
この先ということは、旅人組合は湾岸地区ではなく市街地区にあるらしい。
「……なるほど、ね」
行列の先は農業地区を横断し市街地区との境界を示す城壁にまで伸びている。
「もう立派な国家事業だな」
「……うぅ、他の国に行きたい」
「無理だろ、国王様から直接指示されちゃってるんだから」
「……それに私の目的地だし、ね」
ため息を付きながら馬車は進み、やがて二つ目の城壁に到着する。市街地へ入るための城門の隣にある、少し大きめのログハウスには人だかりができており、ここが馬車の出発点のようだ。
「えっと、旅人組合はこちらですか?」
「お、旅人か良いところに来た!」
ニコが馬車を見送っている従業員に声をかけると、その従業員は笑顔で手を振って三人の乗った馬車を近くに誘導する。
「到着したところ悪いんだが、今ちょうど超大口の依頼が舞い込んできてな、等級を問わない依頼だからスグに出発してくれ、なに、依頼人は国だから報酬は心配しなくていい」
ニコはその言葉を聞いて困りながら馬車を止め、中にいるエスとヘルの二人が指示を出してくれるのを待つ。
「……どうしたい?」
「とりあえず、先にやる事があるな」
エスとヘルは馬車を降りながら、まだ震えて憔悴しきっている新米旅人の二人の手を強引に引っ張って外に出し、従業員の前に連れてくる。
「その前にこの二人を引き取ってくれ、パーティーが壊滅した生き残りだ」
「そりゃ構わないが……」
そう言って従業員の男は要救護者二人を、部下二人に指示して丁重に建物の中に案内させた。
「よしこれでいいな、それで依頼の説明なんだが、さっきデカイ蛇が見え……」
改めて従業員は残ったエス達に依頼の説明をしようとするが、途中で言葉に詰まらせ三人の顔と、馬を見てピタリと止まる。
「どうかしたんですか?」
「んいや、男女ペアと運転手と馬に救護……すまんちょっと二人待っててくれ」
話の途中だったのだが、男はログハウスの中に急いで入って行き、暫くすると綺麗な給仕服のような身なりをした、若く見える薄水色をした長髪の女性と、先程出会った王様と一緒にいた、リツと呼ばれていた女性を連れてくる。
「あぁ間違いありません、彼等が例の旅人ですよ」
「確かに王が仰られていた服装と、特徴が一致しておりますわ」
討伐した人物を照会するために、伝言役として率が先に組合に来ていた様だ。
「うちのものが失礼を致しましたわ、改めて貴方達が大蛇アガの討伐を果たした旅人で間違いありません?」
「えぇ、なりゆきでしたけど」
「このたびはこの国の窮地を救って頂きありがとうございますわ、詳しいお話は中でしたいのですが、お時間はおありですわね?」
二人が頷くと彼女は従業員を呼び出して、ニコと少し話をしてから馬車を引き取る。話に聞くとここは旅人組合の壁外出張所らしく、馬車を預かるのならば牧場のある農場地区の方が都合が良いんだそうだ。
「それではこちらへ、旅人協会、北西エリア本部へご案内しますわ」
「お願いします」
彼女に連れられて市街地区へと入り大通りに入ると、待機させていた組合の馬車に乗るように促されて、馬車で進むこと二十分、連れてこられたのは丘の上からも見えた時計塔だった。
「……ここ、旅人組合だったんだ」
驚くヘルを気に留めず女性は先頭になって移動するのだが、案内先は正面にある大きくて立派な入り口ではなく、奥にある関係者用の両扉の入り口だ。
「どうぞこちらへ、歓迎いたしますわ」
彼女が近づくと、その関係者用入り口を守っていた兵士が頭を下げて扉をゆっくりと開ける。
「……なに、ここ」
その奥は面積は小さいながらも、立派で高級感のある酒場、いや高級バーがあった。
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