赤竜王国ウィル(1)

 それから一つ峠を超え、見晴らしのいい高台から王都ウィルの姿が見える。


「驚いたな、さすがこの辺で一番でかいってだけはある」

「……うん、これだけ人がいるなら周囲に観光国が成り立つのもわかるね」


 U字型の曲道であるであるヘアピンカーブが連続している道が見下ろせる。この曲がりくねった坂を降りた先には高い城壁がある。


「後は降りるだけならそう時間はかからないか」

「そうですねっ!」


 現在一向は坂を登りきったところでホーを休ませる為に一息ついていた。実は下り坂は登り坂より疲れはしないが、足への負担は大きいので馬自体を一度休ませる必要があるし、馬車を操作する方も馬に負担をかけない程度にブレーキを使って減速し続ける必要があるので非常に大変なのだ。


「高台があると街の構造がよくわかるな」

「……うん、どっちに行けば先にわかるし」


 ウィルの構造はぱっと見る限り三層構造になっており、山脈に沿って作られた城壁の近くは農場があり、その奥は市街地、更に海側は湾岸になっており、これから入るエリアはこのエリアからになるだろう。


「ところで、あれだけ広いと旅人組合も多そうだけど見つかるもんか?」

「……城門で衛兵さんに聞けばいいよ、市街地にあると迷うかもだけど」

「市街地は入り組んでそうだしな」

「……待ち合わせ決めとこっか、時計塔とか」

「こういう時通信できるようなのがアレば良いんだけどな」


 スマートフォンを始めとする携帯電話程便利じゃなくてもいい、無線通信を可能にしたのであればトランシーバーでも、数キロメートルの通信を可能になるので、街中なら十分に届く距離だろう。


「遠距離で通話できる魔法とかって使えないのか?」

「……私は使えるけど、エスが使えないから、あんまり意味がないよ?」

「どうしてさ、会話できるだけで十分なんだけど……」

「……この魔法って受け取る側も覚えてないとダメだから」


 どうやらこの遠距離で会話をする魔術は、送る側が魔力に変換した言葉を送り、その魔力を受け取った側が今度は魔力から言葉に変換する必要があるらしく、手間がかかるのだという。その代わりに飛ばした魔術を他人に解読されないように二人で共通の暗号化を魔術に組み込めば盗聴は防げるのだが、何故その様に作られたのかは謎らしい。


「……覚えれないでしょ、魔術」

「無理だな、通信は諦めるか……いや、待てよ」


 通信技術と言えば発達した文明では必需品と言って良い、むしろ文明を高度に発展させる要因となるのが通信技術と、安定した移動手段の二つなのだ。


(キー、街中ぐらいの範囲でいいから通信できるような装置……できれば発振器もついてれば嬉しいんだけど、あったりしないか?)


 彼のような機械を作り出した文明が、携帯電話のような通信機器を発明できなかったとは考えづらい、とは言えさすがに人工衛星もなければ電波の基地局も存在しないので、遠距離通信は圏外になるだろう。だが短距離ならばトランシーバーの様な物があるのではないかと考えたのだ。


【はい、こちらからお伝えするタイミングを伺っていたところでしたマスター】

(てことはあるんだな、雑多品の中に紛れ込んでるか?)

【はい、現在収納スペースを検索したところ、在庫が五つほど存在しております】

(じゃあ早速だがヘルとニコ、あと俺の分と三つ取り出せるようにしてくれ)


 一瞬だけまだ馬車の中で震えている彼らにも渡す必要があるかと考えたが、彼らは旅人組合に馬車を預ける時に一緒に引き渡せば、もう会う必要も無いだろう。だったら必要な通信機は三つだけだ。


【二つで十分です、マスター】

(なんでだよ、三人いるんだから三つ必要になるだろ……って俺の分か)

【はい、マスターには標準機能として搭載されておりますので不要です】


 機械であるこの身体が、司令塔からの命令を受け取る機能が存在しないのはおかしいのだ、特に二つも兵器を持っている危険な機体が外部命令を受け付ける機能が無いとなれば欠陥機にもほどがある。


(通信機能なんて、俺を作るなら最初に搭載するような機能だったな)

【その通りです、マスター】


 とりあえずキーが用意してくれたので、腰の収納スペースから取り出せば、耳の中に入れるタイプの小さいイヤホンが五つ、箱の中に入っていた。


【使用法は解りますか?】

(とりあえず耳の中に入れればいいんだろ……通話方法だけ教えてくれ)

【通話したいという脳波を感じ取れば、自動で起動します】


 脳波を探知するとはかなり高度な技術だとエスは感心しながら、エスは二人に声をかける。特にニコは馬車の運転席に乗り込もうとしていたのが見えたので、急いで呼び戻した。


「なんでしょうかエス様っ!」

「これを二人に渡そうと思ってな」

 イヤホンを一つずつ手渡すと、二人はそれを興味深そうに眺める。


「……これをどうするの、食べる?」

「食べないでくれ、耳の中に入れるんだよ、そのシリ……柔らかい方を内側にして」

「……これでいい?」

「あぁ大丈夫だ、ありがとうヘル……ところでニコはどうした?」


 ニコはフードから熊耳を取り出してピクリと動かしながらしかめっ面をしている、なんだかとてもむず痒そうだ。


「痛かったか?」

「いえっ! ただ、ちょっと音の聞こえ方が変になったので……」

「そうか、人間でもちょっと膜を張ったような感じにはなるしな」


 耳の中に入れる都合上、どうしてもこういったタイプのイヤホンは耳栓のように外からの音が聞こえにくくなる弊害がある。本来ならノイズキャンセリングだったり、密閉性をあげて更に音が聞こえなくするように改良していくのだが、今回みたい通話目的で常時着けておきたい状況なら、それがデメリットになってしまう。


「んー、慣れれば大丈夫そうですけど」

 そうは言いつつニコは耳をしきりに動かして落ち着かない様子だ。ニコみたいな聴覚がいい獣人ならば違和感は人間よりも感じるだろう。


「無理せずずっと着けてなくても良いんだぞ」

「いえっ! せっかくですし、後こんなに小さいとくしてしまいそうです」


 確かにこの大きさのものが専用のケースも無い状態で持ち運ぶ事になるならば、どこかで落としてしまったり荷物に紛れ込んでいざという時使えないと困る。


「とりあえず、ニコは街に入った時とかに限定するか」

「ありがとうございます、けど、今は着けさせてください、せっかくなので!」

「わかったよ、じゃあ使い方だな」


 そう言ったエスはニコの頭をポンと優しく手を乗せてから、馬車の中に先に乗り込み、試しに二人に向かって声を飛ばしたいと思いながら声を出してみる。

「あー、聞こえるか、こういう感じの機械だ」


「わわっ!?」

「使い方は念じて言葉を飛ばそうと思うだけだそうだ」

「……すっごく便利だね」

「だろ?」


 使い方がわかったところで、改めてヘルも馬車に乗り込みニコが馬車を動かし、ゆっくりと長い下り坂を降りていく


「……ねぇ、これって小さいから魔水晶も入らないよね、動力は何?」

「なにってバッテリーだろ?」

「……バッテリーって、なに?」

「エネルギーをためておくやつなんだが、まあ魔結晶みたいなもんだよ」


 そういえばバッテリーも彼女達は知らないのが当然だ、それ以前にバッテリーと一言で言ったとしても、そのバッテリーに入っているエネルギーが何なのかエスは知らない。


(キー、充電方法とバッテリー容量は?)

【最初に入っていた充電ケースを、マスターの収納に入れるだけで大丈夫です、充電は七日間持続致します。余談ですが、魔水晶からエス様の動力に変換した余剰電力で充電しているので、追加のエネルギー消費は不要となります】

(いつもありがとうな、キー)


「七日もつってさ、三日ごとに交換しておこうか……充電はこっちでしておくし」

「……うん、わかった」


 ヘルは余程このイヤホンが気になっているのか、街につくまでエスが渡したイヤホンを通して会話したのだった。

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