アガ。

 運が良かったのは大蛇が口を開けて突撃してきた事と、倒れ込む巨体が馬車に当たらなかったこと。


 前者は標的の弱点である口の中への攻撃が、口内を貫き脳を撃ち抜いた。

 後者は倒れ込む巨体が、馬車を下敷きにしなかったことだ。


 ただ、後者はニコが咄嗟の回避に成功したおかげでもある。

「良くやったニコ、ありがとう」

「いえっ! 危なかったですね……」


 ニコは馬車から降りて、白目を剥いて倒れる大蛇に慎重に近寄る。

「さすがに死にましたよね?」

「……動かないし多分大丈夫、死んだふりとでもなさそう」


 ヘルも慎重に倒れた大蛇を一発殴ったり、瞳孔を確認して動かないのを確認した。

「……危なかったね、口を開けてなきゃ、倒せてなかったみたい」

「そのようだ、どんだけ硬い鱗してんだよ、こいつ」


 口の内側に命中した魔導砲の一撃は、口と骨を貫いてはいたが、表面上の鱗の付いた皮膚を身体の裏側から貫いてはいなかった。それはつまり、大蛇を外側から攻撃してていたら皮膚に弾かれて倒せていなかったという事だ。


「……ほんと、ストロングスタイルで小細工とかしてこなかったんだね」

 ヘルは口の中を覗き、生えている牙に軽く振れてみる。


「おい、毒があるかも知れないぞ」

「……大丈夫だよ、穴も空いてないし、溝もないから毒牙じゃないみたい」

「てことはアナコンダと同じタイプか」


 アナコンダを始めとする毒のない蛇は締め付けて骨を砕いてから獲物を丸呑みにする、骨を砕くのは獲物を呑みやすくするためで、それで獲物を殺すことは少ないとはされているが、この巨体ならば締め付けられれば簡単に獲物は死ぬだろう。


「……あなこんだ?」

「そういう人間サイズの蛇がいたんだよ」

 エスは大蛇の下顎を掴み、試しに持ち上げようとするが微動だにしない。


「それで、これどうするんだ、この場に放置か?」

「……さすがに持ってはいけないし、かといって依頼受けてないから……」

「タダ働きになるのか、まあコレばっかりは仕方ないよな」


 ヘルはせめて牙でも持っていけないかと思案しているようだが、この鱗の硬さだと彼女だけでは難しそうだ。多分エスの魔導剣を使えばなんとか切り出すことぐらいならできそうだが。


「……エス、切ってくれる?」

「わかった、ちょっとまっ!?」

 そんな話をしていた時、エスのセンサーに高速で接近してくる反応がある。


「何か来るぞ!!」

「……なにかって?」

「わからない……人サイズだけど……速い!」


 ドゴンッ!!


 何かが飛んできた方向を振り向いた時には、既に衝撃音と一緒に土煙があがっていた。探知範囲一キロメートル、それを一秒で近づいてきたのだから時速三百六十キロの速さで着地した事になる。


「警戒せずとも良い、余は王である」

 土煙の無効に見える人影は二つ、その片方には大きな翼と角がある。


「……王?」

 その言葉を聞いてもなお、エスとヘルは警戒を解かなかった。この声が少女のものに聞こえても、高速で飛来して普通ならば即死してしまうような速度で地面に激突しても平気な存在なのだ。


「ふむ、リツよこの者達まだ警戒を解いておらんぞ?」

「仕方ありませんよ、王は登場が派手すぎです」

「むう、そうかのー」


 不満そうに頬を膨らます少女には赤い角と赤い翼があり、見ただけで異常とわかる程の威圧感をもち、お付きである女性はそれと比べれば普通に見える長い黒髪を持つ女性だが、服装は上質な着物だ。


(おいおい、どっからツッコめばいいんだよ……)

 赤い角を持つ王を名乗る少女も気になるが、それ以上に和服がエスは気になる。


(急に見慣れるわけじゃないが、和服に刀って……)

 故郷の民族衣装とあまりにも似ているその格好に、エスは目が離せなくなる。


「あわわわわっ!!」

 そんな時、慌てたニコが馬車から飛び降りてエス達の前に両手を開いて立った。


「ご安心くださいっ! この方は本物の赤竜王国ウィルの王様ですっ!」

「そうなのか?」

「はいっ! コルケに一度視察に来てたのに見たことがありますのでっ!!」

 ニコが断言するのならば、この人達は王とそのお供で間違いないのであろう。


「失礼致しました」

 エスは警戒を解いて片膝をついて頭を下げ、ヘルも少し考えた後で同じ様に膝をついて頭を下げた。


「よい顔を上げよ、旅人が国外で警戒するのは当然の事よ、余も威圧しすぎた」

 王はヘルが頭を下げてからすぐに二人に頭を上げさせ、片膝も着くのを手の動きで立つように促すことで辞めさせると、ゆっくりとエスが仕留めた大蛇に近づいた。


「それで、これはお主等五人のパーティーで仕留めたのか?」

「五人……?」

「馬車の中に二人おるのであろう?」


 馬車の中に誰か居るとまでわかるのかと、エスは感心して馬車を見る。彼にはセンサーにより魔力が透けて見えるので二人いるのが確かにわかるのだが、馬車は動いていないし、二人は息を潜めて怯えながら、まだ隠れているつもりだ。


「いえ、馬車の二人は俺……私達のパーティーメンバーではありません、ですが彼らの協力が……」


 エスは言葉に詰まる。急ではあるがこれはこの赤い角を持った少女の姿をした王への、魔物を討伐したという事の報奨へとつながる報告になる。


 ここで素直にエス達だけで討伐したと言えば報奨は貰えるかも知れないが、それでは壊滅してしまった彼らのパーティーは何も得ない。道中で魔物襲われて壊滅したのは彼らの落ち度ではあるものの、あまりにもそれでは可哀想だとエスは思ったのだが、嘘をつくわけにもいかないので、どう彼らに手柄を与えるか思いつかなかったのだ。


「……彼ら二人の情報がなければ、私達も不意打ちにより倒されておりました、なので彼らは重要な情報提供をしてくれたという形での、協力者となります」


 悩んでるエスをフォローするように、ヘルが彼らの活躍を作ってくれた。確かに前日の夜の時点で大蛇がいると教えてくれたのは大きかったし、多少は心の準備が出来ていた部分もある、それでもエスは恐怖したが、知らなければ更に動けない時間は長かったと考えれば、十分に助けになったと言えるのだ。


「情報提供か……」

 だがこのヘルの説明も普通ならば無理がある。なのでエスとヘルの意図を読み取って、彼らにも何か便宜をという心意気を汲み取ってくれるかはこの王の判断次第だろう。


「良かろう余に任せよ、粗奴らの便宜をはかってやろうではないか!」

 王は満足げに胸をそらしながら、大きく翼を広げる。


「それにしても、よく倒したものよ……リツ、わかるか?」

「はい、こちらの伝承に近いものが居ます」

「名は?」

「大蛇アガ・アスラ……アガと呼ばれる大蛇です」

「うむ、感謝するぞリツ」


 王はその爪で軽くアガと呼ばれた大蛇をひっかき、見聞しながらエス達に再度質問を投げかける。


「この後は我が国に来るのであろう?」

「はい、馬車で向かわせて戴く予定です」

「であるならば、報奨は国で良いな」

「大丈夫です、ありがとうございます」

「では余は先に国へ戻る、処理は我が兵達に任せよ」


 王はリツに爪で合図すると、リツと呼ばれた護衛は王の背中に抱きついた。

「兵に話は通しておく、旅人組合に一度五人で顔を出すようにな」

「……かしこまりました、王様」

「うむ、ではさらばじゃ!」


 王はつむじ風を巻き上げながら一瞬で米粒になるような高さまで飛翔して、ジェットのような加速で一瞬で空を飛んでいった。


「……びっくりしたね」

「なあ、こうも簡単に王族と会えるものなのか?」

「……あはは、会えるわけない、よ?」

「なるほどな、じゃあやっぱり非常事態で間違いないか」


王が飛び立った軌道には、飛行機雲ができていた。

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