ドーヴ沿海山道(3)

「……おはよう」

「おはようさん、寝れたか?」

「……ううん、久しぶり一人旅の時みたいだったかな」


 彼女が一人旅の時は見張りも当然居ないので、ある程度魔法で結界を貼れたとしてもかなり警戒して気を使っていたのは想像に難くない。やはり知らない男二人が居るというのはかなり気を使うのだろう。


「じゃあ最近はぐっすり寝れていたんだな」

「……うん、エスが見張ってくれてるし」

「俺だって会ってそんなに間がないんだぞ、良いのかよそれで」

「……いいよ、信用するって決めたんだし」

「まだ会って一ヶ月も経ってないんだぞ……」


 彼は苦笑いしながらも、信用されているのだ下手な事はできないなと改めて思う。

「ほら、朝ごはん作っておいたぞ」

「……ありがとう、いただくね」


 朝ごはんと言ってもエスが作ったのはコルケで購入した野菜と、スクランブルエッグ、それと焼いたハムをケチャップで味付けして白いパンで挟んだ簡単な物に、温めておいた牛乳だけだ。


「……料理できたんだね」

「料理つっても焼いて挟んだだけだ、調味料がもうちょいあれば変わるんだがな」

「……調味料ね、何が欲しいの?」

「砂糖が貴重なのはしょうがないとして、無理とわかっていてもやっぱり酢があればマヨネーズが作れるし、なんだったら醤油が欲しいな」


 酢や醤油なんて言ってもヘルには伝わらないか、そう思ってエスはヘルの方を見ると、彼女は何やら思い出そうとしている様子。


「おい……まさかあるのか、醤油が」

「……醤油は聞いたこと無いけど、お酢なら?」

「マジか、コルケにはなかったぞ」


 コルケでの買い出しの時にエスが見かけた調味料はトマトを使ったケチャップに、各種果物のジャム、料理酒に使うであろうワインにレモン等の柑橘果汁、そしてサフランなどのハーブとショウガに食物油がよく売られており、砂糖と黒胡椒もあったが値段が十倍ぐらい違う高級品だったので、無理を言って胡椒だけを買ったぐらいだ。


「お酢は作ってましたよっ!」

 そんな会話をしているとニコが馬車から飛び降りてくる。


「お酢はケチャップの材料で使うのであんまり市場に出さないだけですっ!」

「マジか、聞いとけば良かったな……」

「でも普通のバルサミコ酢なので他の街でも売ってるかと」

「……ワインビネガーもあるし、ね」


 ビネガーという言葉を聞いてエスは「やらかしたな」と心の声を漏らす。彼はお酢という名前だけで米酢や香醋、赤酢を想像しており、このヨーロッパのような世界には存在してないのだろうと勝手に思い込んでいたが、言われてみればお酢はビネガーとも言うし、世界各国に存在していたのだ。


「王国ではバルサミコ酢買うか、それでマヨネーズを作ろう」

「……うん、楽しみにしてるね戦史文明の食べ物」

「いや、俺の料理って戦史文明でいいのか?」

「……さあ?」


 現在エスの認識ではこの世界は異世界というのが八対二ぐらいで勝っている。自分が生身の頃いた世界と比べて似たような名前や文化があるものの、一番は大陸が一つしかないことであり、一万年ではさすがにそこまでの地殻変動は起きない、というのがおもな理由だ。


「っ……いってぇ」

「起きたか」


 エス達が朝食を取り終わり、出発準備でも始めようかというところで、昨晩大蛇から逃げてきたという男二人が目を覚まし始めた。


「おはよう、ございます」

「おはようさん、飯もなんだろ、食いたきゃそこにあるの食っていいぞ」


 男は頭を下げて残った料理を二人分手に取り、起きてからも放心状態のもう一人の男に無理やり手渡してから食べ始める。


「ところでなんですが、このまま先に向かっていいんですか?」

「まだ話してなかったな」


 エスは昨晩二人が寝ていた間に逃げてきた男から聞いたことを二人に話す。

「……大蛇か」

「このまま行って大丈夫なんですか?」

「……安全策を取るなら引き返すところだけど」


 ヘルはエスの方を少し見つめてから、小さく首を横にふる。

「……強行するのも手だと思う」

「そうだな……まだ急ぐ段階じゃないが、できれば今日中に王都には入りたい」

「……だったら決定だね、このまま行こうか」


 リスクはあるものの、三人は王都へ向かうべく馬車に乗り込む。

「ほ、本当に王都に行くんですかっ!?」

「……うん、ついでに貴方達のキャンプ跡も調べるけど……来たい?」


 ヘルに誘われて二人の男は顔を見合わせる。昨日はとんでもない恐怖体験をした二人だ、二度と現場に行きたくないと思っても無理はないだろう、その場合頑張って二人には徒歩で山を降りてもらうことにはなる。


「いきます、連れて行ってください」

「……乗って、手前はダメ、奥でお願い」

 意外にも男二人は馬車に同乗する事を希望した、昨晩震えるほどの絶望にあったというのに、乗るというのは彼らも多少は覚悟ができていたのだろうし、旅人であるということなのだろう。


「よく俺大蛇の話を聞いて……進めますね」

「……確信はないし、私達も王都に行きたい理由はあるから」

「そうですか……」

「……貴方達は、元々山越え、したかったんでしょ?」


 彼らからすればこの進行方向は引き返す事になる、元々王都から来たのだから、進むのならば山を降りるのも正しい判断だ。


「まだ、怪我して生きてるかも知れませんし……」

「……それはさすがに、っん」

 それは絶望的だと伝えようとするヘルの口を、エスは手を当てて遮った。


「……エス」

 エスは静かに首を横にふる。彼らだってそれが絶望的だというのはわかっている。けれど解りきっている事実を敢えて口に出さないという優しさもあるのだ。


「……ふぅ、そうだ旅人組合のカード、一応確認させて貰って良いかな?」

「あ、すいません」

「……いいよ、別に私達も見せてないんだから」


 二人はお互いにカードを交換して、軽く目を通してからお互いに返す。

「一等級だったんですね、道理で旅に慣れて……」

「……貴方達は四等級だったんだね、もしかして王都からは仕事中だった?」

「はい、荷物運びの途中でした」


 荷物運びのミッション、お使い任務は単価が安いとはいってもザントと王都ならば交易品もお互いに需要がある物が多そうだし、副収入がしっかりしていれば初心者のステップアップにかなり良い。


「……襲われたのは不運としか言いようがないか」

「はい、俺たちもまだ始めて三ヶ月ぐらいで、問題も特には……」

 特にこの辺は街道がしっかり整備されているので、比較的安全な行路ではあったのだ、大蛇に彼らが出会う前では。


「事件現場に到着しました、速度落としますかっ!?」

「……うん、でも落としすぎないでね」

「了解ですっ!」

 ニコが事件現場を確認して速度を落とす。


「こりゃ酷いな……」

 奥の二人は祈りながら窓から、荷台出口近くのエスとヘルは荷台から彼らが襲われた跡を移動しながら観察するのだが、状況はかなり酷い。


 散乱した野営道具に、半分になった馬車、そして血溜まり。

「……襲われたのは本当だね、大きさも……誇張じゃないかも」

「レッドホーンよりでかそうだなこりゃ」


 特に破壊された馬車は、残骸の数が少ないので、半分は荷台の荷物ごと食べられたと見ていいだろう。


「……ニコ、速度出せる?」

「わかりましたっ!!」


 エスはもう少し調べたいと思ったところだが、ヘルは馬車の速度をあげさせる。

「調べなくてもいいのか?」

「……多分、ここにとどまってる方が何倍も危険だよ、早く抜けた方がいい」

「確かにな、一応撃てる準備だけはしておく」

「……お願い」


 馬車は石でできた橋に差し掛かる。


 ―――ズシン。


 それと同時に、橋の下で木がなぎ倒される音がした。

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