ザント南検問所。

 海沿いに馬車を走らせ数時間。進行方向に大量のテントと、平原に伸びる長く自分達の身長よりもやや高いぐらいの柵が見えてきた。


「止まれ旅人よ」

「ありゃりゃ、どうかしたんですか?」

「街道の検問と、注意喚起だ」


 数人の魚人兵士が取り囲んでから、馬車の中を確認する。

「ふむ、男女二人と運転手の獣人……なるほど、貴様らがそうか」

「なにか聞いてるんですか?」

「大した事はないが、大物を倒した旅人の話が伝わってきててな……丁重にと」

「なるほど」


 どうやらエス達は想像以上にウオントさんに気に入らているらしい。

「それで、この検問はどういった意図なんですか」

「注意喚起だよ、旅人と観光客への」


「何に対してですか?」

「魔物だよ、この先からは我々ザントの確保する安全圏の外だ」

「つまり、ここから先は魔物が出るんですね」

「うむ、だから気をつけろ……もっとも貴様らには要らぬ心配だろうな」


 エス達はこういう検問所をくぐり抜けてきた大物を昨日倒してからここにいる。そんな彼等に今更魔物に気をつけろというのは、釈迦に説法を説くようなものに感じるのだろう。


「まぁ、どんなに高等級の旅人であろうと伝えるのが仕事だからな、許されよ」

「いえいえ、ご苦労さまです」

「ここを通るならば、貴様らが向かうのは王都か」

「その予定です」


「やはりか、どのルートを通るか決まっては?」

「とりあえず海沿いに進もうかと」

「ならば最短ルートか」

「そう言えば他のルートがあると言っていましたね」

「……少し時間はあるか?」


 エスが頷いて答えると、その兵士は地図を持ってこさせて近くにあった台の上に広げ、エス達に見せる。


「今いるのがこの南の検問所、王都はこの先の半島にある」

「……本当に大きいんですね王都って」


 地図で見るに半島と言っても大陸と接している面積は三百キロメートル程はあるのだが、王都ウィルへ行くにはその間を両断するように山脈があった。


「海沿いルートだとこの山脈の海側を通る事になる」

「結構標高があるんですか?」

「いやこの辺から通るならだいたい五百メートルぐらいだし、商隊もたまに通る」


 標高五百メートルといえば低く感じるかもしれないが、実際に登るとなると少し苦労することにはなるぐらいには高い山となる。


「……雪は残ってるの?」

「この辺はもう溶けているな、だがまだ山脈の上の方じゃ積もっているし、雪解け水が流れ込んできている、地面は相当ぬかるんでいるから気をつけてくれ」

「……そうなんですね」


 雪解け水でぬかるんだ道を馬車で行くとなると車輪が取られて立ち往生してしまう可能性がある。いくら強力な馬と頑丈な馬車だとしても、ぬかるんだ土地を車輪で移動するとなると想定以上に時間を取られることは覚悟しないといけないだろう。


「……道を変える?」

「いや、最悪車輪が取られても俺とホーが頑張れば抜けれるとは思うけど」


 ただエスが頑張れば馬車ごと持ち上げる事が理論上は可能なので、ホーと協力すれば一度ぬかるみに車輪を取られても抜け出すことは比較的容易ではある。


「この時期で人気なのは海路だな」

「……なるほど」


 兵士の提示した海路ならば、山脈を通る事が無いので足を止められる事はない。しかも直線距離を移動できるので二日で王都まで着くことができるという。ただこの方法も絶対に安全だという保証はないらしい。


「だが、十本に一本は海の魔物に沈められるから多少はリスクがある」

「そんなに沈められるんですか」

「おいおい、我らが護衛してるんだから、たったこれだけで済んでいるんだぞ?」

「すいません、海の事情には詳しくなくて」

「まったく……沖合に出るというのがどれだけ危険かわかっていないのだな」


 兵士が言うには、陸地から離れた場所に行くほどに海の魔物と遭遇するリスクは跳ね上がる。だったら陸地の近くを航海すれば安全だという保証もなく、山脈の崖下を寝蔵にしている大きなウツボがいるらしい。


「我らが海の中を泳いで随伴し、護衛してなければ全部沈んでいるよ……」

「なるほど……」


 陸の商隊に護衛が必要なように、海の商隊にも護衛が必要なのだ。残念なことに魚人ぐらいしかこの護衛が勤まらないので、この世界は海の交易が少ない。


「……この山脈真ん中を通るルートはなんですか?」

「あぁ、ここは山脈でも比較的傾斜が緩やかでな、拠点が発展した国もあるし遠回りになるがそのルートも安全だぞ、山越え専門の護衛も雇いやすいからな」


 だがこのルートの問題点はこちらからだとかなり遠回りになる点だ。直線ルートならば後二日か三日もあれば到着する事が可能なのだが、こちらのルートならば最低でも五日はかかるだろう。


「……このルートは帰り用に覚えておくのがいいね」

「そうだな、王都からまた大陸に戻る時に利用しよう」


 その他にも洞窟を抜けるなどルートをいくつか聞いたのだが、結局一番良さそうなのはぬかるみ覚悟で海沿いの直線ルートを行くことだった。


「本当に直線ルートを行くのだな?」

「はい、ぬかるみぐらいならなんとかなりそうですし」

「なるほど、その対策があるならそれで良いだろう……こちらとしては海がいいが」

「……この寒い時期に海に入るのは……万が一でも馬車は失いたくないし」

「なるほど、ならば止めぬ」


 万が一どころか、十分の一で船は沈むのだが、その場合でも実は生存率は低くなく、魚人が全力で助けてくれるし海中に沈んだ荷物も可能な限り引き上げてくれる努力はしてくれる。


 しかしそれでも問題は多く、寒い気温が平気でも同じ温度の水中は耐えれないことの方が陸上の生物には多く、冷え切った水中に入った瞬間心臓が麻痺したり、耐えきれずに凍え死ぬケースも少なくない。


 そもそも船が沈められたということは護衛の魚人達が負けているということなので、自分達を助けてくれる余裕があるのかは疑問だし、海の魔物に食べられる可能性はかなり高い。


 何よりもエスの機械の体が海水の中に水没して、故障して即死する可能性がある。

(海に入ったら真っ先に死ぬのは俺とホーだよな?)

【現在この機体は防水機能がありますが、水圧に耐えれる機能はありません、海水浴は大変危険な行為ですので、是非おやめいただければと存じます】


 キーは全力でエスを止めようとしているので、本当に海はダメなのだろう。

「だったら念のため気をつけてくれ、うちの国の恩人を失いたくはないからな」

「……なんで?」

「これは機密なんだがな、レッドホーンの事だよ」


 レッドホーンの名前が出てヘルは首を傾げる、レッドホーンの親玉は倒した筈だ。

「レッドホーンがどこから来ているのかだよ」

「……どこからって、山から?」

「うむ、あの山脈はレッドホーンの住処がある、可能性が高いのはあそこだが……」


「レッドホーンが山から降りた理由か」

「うむ、あのような個体はな、普通山から降りて来ない」

「なのに降りてきたって事は山に異変があると」

「そうだ……まあ普通に平原で突然変異した可能性もあるからまだ推論だがな」


 あくまでまだ絶対にそうだと決まったわけじゃない推論の話だし、ただの予想なのだからイタズラに噂を広げる事を阻止するために機密扱いなのだろう。


「ま、レッドホーンを単独攻略した者達には杞憂かも知れないがな」

「いえ、教えてくださりありがとうございます」

「構わんよ、まあ私が言ったというのは黙ってくれ」

「そうします」


 と言ってもエスからすれば魚人の見分けは顔の形と鱗の色でしか区別がつかないので、ベースが同じ種類の魚人ならば誰だかわからず、告げ口はできない。


「それじゃあ武運を祈るよ」

「ありがとうございます、それでは」

「あぁ、達者でな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る