ザントから四カ国目へ。
ホテルに戻ってから出された料理は本当に豪華なもので、ウオントからの感謝は深く感じ取れた、感謝されすぎて後が怖くなるぐらいに。
「次の街は?」
「……まだ決めてないし、情報収集もできなかったのが痛いね」
「だったら、あと宿泊日数を一日延ばすのは?」
「……ないよ、宿泊代もバカになんないし」
「確かにな、一日分浮いたけど元々予算オーバーなんだし」
実際二日で銀貨三十枚、安宿で三日泊まっても十八枚ぐらいで済むと考えれば、そもそも一日泊まるだけでもこの街は負担が多きすぎるのだ。
「……とりあえず私達は休むよ」
「わかった、じゃあ起きたら揺すってくれ」
「……うん、おやすみなさい」
いくら豪華なホテルでも食事が終われば何もすることがない。このホテルの売りである、水中観察は夜ならば一切何も見えないので暗い壁と変わらない。
「エス様もベッドで横になるぐらいどうですか、ふわふわですよっ!」
「そうだな、せっかくだし横になっておくか」
幸いなことに寝室には高級ホテルらしく大きめのベッドが二つある。ニコが小柄なのもあり、ヘルと一緒に寝てもあまり窮屈さは感じないようだ。
「確かにこれは……いいな」
「そうでしょっ!」
彼が布団の上に寝転んでみると、ふわりと包み込むように柔らかく極上の心地よさを持っていた、もしエスが生身であるなら無限に微睡んで、起きるのがかなりつらくなっていただろう。
「それでは、おやすみなさいませっ!」
「あぁ、おやすみ」
「……おやすみ」
三人はそのままゆっくりと眠りに落ち……翌朝。
【外部からの刺激を感知しました、スリープモード、解除します】
「こちらは準備万端ですよっ!」
「あぁ……おはよう」
エスが目を覚ますと、既に出発の準備が終わっており、纏められた荷物をニコが背負っていた。
「起こしてくれりゃ手伝ったのに……」
「いえ、大丈夫ですっ! これがお仕事ですのでっ!!」
「まったく、ありがとうな」
エスはニコの頭に軽く手を載せるような感じで撫でながら、日が昇り明るくなった海中が見えるメインルームに移動する。
「……おはよう、ご飯来てるよ」
「いただくよ」
朝ごはんは紅茶にほぐしたた魚を野菜とドレッシングで挟んだサンドイッチ。
「そういえばこの食べ物ってサンドイッチって名前か?」
「……そうだけど?」
「語源とかって知ってるか?」
「……ううん、知らない」
サンドイッチっと言う名前は、エスが生身で生きていた世界ではサンドイッチ伯爵が由来だという説が有名だ。あくまで『サンドイッチ』という名前の由来であって、サンドイッチと同じ料理自体はかなり古い時代からあったらしいが。
「ニコはなんでかって知ってるか?」
「えっとですねー……一万年前の文明にはもうあったって話しぐらいしか」
「そうか……」
「なにか気になる事でもあったんでしょうか?」
「いやすまない、気にしないでくれ」
エスが気になっているのは、これは自分が生きていた世界とこの世界が地続きかどうかである。彼は魔法や魔物の存在、自分みたいな高性能なロボットが存在していない事から別の世界だと考えてはいるが、同じ世界かもしれないという可能性は捨てきれていない。
特にこういう固有名が人名由来の物はならば、いくら機械が自分にわかりやすく翻訳したいたとしても、同じ名称にはなる可能性はかなり低い筈だ。
(まあ、今は気にしても無駄か)
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫さ、とりあえずホテルから出よう……荷物持つぞ?」
「いえっ! それにはおよびませんっ!!」
ニコはエスが荷物を持とうとすると、急いで荷物を持ち上げ、大慌てで部屋の入口まで走って行っていく。
「それほどまでに嫌だったのかよ」
「……ふふ、仕事を取られたくないんだよ」
「十分仕事してくれてんだけどな……」
実際馬車を動かしてくれてるだけでも有り難いし、野営も彼女のおかげでかなり楽になっているのだ。エスにすればそれだけで十分だったのが、ニコにとっては自分が本来やるべき野営の準備は手伝ってもらい、夜の見張りもしなくていいとなると、本当に役に立っているのかと不安になるのは仕方のない事だった。
ホテルに鍵を返し、旅人組合に顔を出す。目的は馬の回収なのだがもう一つ重要な用事もある。
「お疲れ様です、報酬用意しておきました」
「……ありがとう、確認するね」
ギルドが用意した小袋には、金貨が満杯に入っている。
「……額を確認するね」
「どうぞお願いします」
ヘルがエスの前で金貨の額を確かめる。一応ヘルは彼に物事を教えるという仕事を受けているので、これもその一環だ。
「私は先に馬車の用意をしてきますねっ!」
「任せた」
ニコは組合とヘルがやり取りしている間に、鍵を受け取って馬屋に走っていく。
「やっぱり、ニコは十分働いてくれてんだけどなぁ」
「……だね」
一瞬手が止まってしまったので、改めてヘルは金額を数え直す。
「……金貨三十枚だね」
「足りませんか?」
「……ううん、十分だよ確かに受領しました」
「ありがとうございます、そしてこれを」
彼女がヘルに手渡したのは金のプレートがついた冒険者カード。
「……一等級、か」
「これからのご活躍を期待しております」
受付嬢が頭を下げて、これで本来の取引は終了なのだ、ただ二人はまだ彼女に聞きたいことがある。
「……次の街のおすすめは?」
「次の街ですかぁ、狩りで生計を立てるなら北側はおすすめできませんね」
「……うん、魔物がいないなってのは確認したし」
実際ここまでの旅でエスが見た魔物は巨大なレッドホーンと、ヘルが倒していた魔猪が一匹。正直魔猪に関してはトドメの攻撃を何発も受けている最中だったので、生きている姿を見たとは言えないので、レッドホーン一匹だけと少ない。
「北側から来たんでしたら、このまま南へはどうでしょう」
「……海沿いに?」
「はい、暫くは魔物も国もありませんが、先には大きな国があります」
「……大きな国って、そっか、あの国が近いんだ」
「はい、本当は少し回り道した方が安全ですが、一等級の皆様ならば余裕です」
一等級と言われ、ヘルはなんとも言えない少し渋い顔をしたが、すぐに気を取り直し、感謝の言葉を伝えると組合から外に出た。
外では先に馬車を用意したニコが待っており、ホーに人参を与えている。
「待たせたな」
「いえいえ、さあ行きましょうかっ!」
馬車は市場で食料を補給し城門近くの検問所へ、本来ならば検問所には守備兵が居るはずなのだが、待ち構えていたのはウオントだった。
「やはり出発か」
「はい、そろそろ次の国へ行こうかと」
「して、我が国に仕える気は?」
ヘルとエスは顔を苦笑いしながら見合わせる。
「……すいません、大変ありがたい申し出ですが私達には目的があります」
「そうか、いや気にしないでくれ惜しいと思っただけだ、無事を祈っている」
「……ありがとうございます」
二人で頭を下げてウオントに見送られ、街を出る。
「……国に仕えるまでの余裕はないもんね」
「そうだな……まああの国に仕えても水中は無理だし」
エスにはまだ余裕があるとは言えタイムリミットがある、あの国で割り切って骨を埋めるのも悪くはない人生なのだろうが、もう既に足掻くとヘルと約束している。
「行こうか、次の街へ……名前は?」
「……次は王都ウェル、大陸北東部最大の王国……だよ」
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