レッドホーン討伐戦(2)

「……襲いかかってきそう?」

「あっちも様子を見てるようだな……賢いぞコイツ」


 真っ赤なシルエットに映っているせいで、敵の目をはっきりと見えてないエスではあったが、レッドホーンが明らかにこちらを睨みつけているのがわかった。


「……どう来そう?」

「俺にターゲットを定めてやがるな」


(さてどうする……まったく、後方で魔導砲とやらを撃つ気でいたんだけどな)

 エスはどう戦うか考えていなかった訳では無いが、戦闘経験なんて高校生時代にかるく学校で基礎トレーニングをやらされたぐらいしかないので、前衛で戦うのは無理だろうと考えていた。


「……とりあえず逃げれそう……かな?」

「どうだろうな、相手さんやる気はあるようだが」


 レッドホーンはどういう訳かまだ襲って来ない、だが理由はいくつか思いつく。

「……初めて透明状態で見られたから警戒してるの、かな」

「そこまでの知能がコイツに……ありそうだな」


 できればこのまま引いて欲しい、そう二人は考える。既にこの大きさと能力ならば一等級のパーティーだけで対処できる範囲は超えており、確実に倒すのならば特等が指揮した大規模な討伐戦レイドが組まれるような相手だ。


「……この相手なら、情報だけ持って帰るだけでも任務は達成になるよ」

「だがなぁ……」


 エスが一歩下がろうと少しでも動けば、レッドホーンは後ろ足を踏み込んで突撃しようとする姿勢を見せる。こうなってしまうとエスとレッドホーンの我慢比べなのだが、エスは攻撃準備ができておらず、レッドホーンはいつでも体当たりができるという、圧倒的に不利な状況なのだ……一人ならば。


「……エス、私のこと、どこまで信じられる?」

「そうだな……命を無条件で分けてやるぐらいには」

「……だったら、合図をしたら後ろに飛び下がって」

「わかった」


 言い終わった直後からヘルは目を閉じて、杖に魔力を込め始め集中し始める。一番の懸念はここでレッドホーンがヘルに狙いを変える事だったのだが、レッドホーンはヘルを一瞥もしようとしない。


 レッドホーンからすれば、唯一自分が見えているエスが何をしてくるかわからないので目が離せないのだ。


「……準備できてる?」

「いつでも行けるさ」

「……わかったじゃあ行くよ……いけっ!!」


 ヘルが叫ぶと同時に、エスはありったけの力で大地を蹴り、背後に飛び退いた。

「うおっ!?」


 エスが予想外に飛びすぎて思わず自分で驚いて声をあげる。何故なら、自分の身体の性能が予想以上に高かったからだ。


 いくら機械の身体だとしても全力で後ろへのジャンプは精々生身の二・三倍飛べればいいと考えていたのだが、実際には十メートルは背後に飛び退いていた。


「……それだけ距離があれば……十分!!」

 エスが空中へ飛び退いた瞬間に、彼が元いたところから長方形の土壁がせり上がる。


 ドゴンッ!


 当然、エスが動いた瞬間に猛加速して突撃していたレッドホーンはその壁に頭の角を激突させたのでとてつもない轟音が鳴り響き、衝撃波が草原に走る。


「ダメだヘル! 止まらない!!」

「……わかってるっ!」


 レッドホーンはヘルの作り上げた土壁を、突撃の衝撃でなんなく突破する。だがそんなレッドホーンに待ち受けていたのは二枚目の土壁だ。


「……これでなんとか」

 ヘルが作り上げた土壁は二メートルおきに合計五枚。


 ドゴンッ! ドンッ! ドッ!


 その土壁を二枚目、三枚目とレッドホーンは突き破ってエスに向かって前進する。

「おいおい、止まってないぞ!」

「……そりゃ、馬車を破壊するぐらいだもんっ!」


 ヘルにはこれぐらいでレッドホーンが止まらないということはわかっていた。だがしかし、いくら大型で特異個体のレッドホーンと言えども彼女が魔力を込めて作り上げた頑強な壁を突き破って速度が落ちない筈がない。


「……今、そこにいるんだね?」

 破壊する度に速度が落ち、壁を破壊するスピードが落ちていくレッドホーン。つまり、今壊そうとしている壁のところにヤツがいると、見えなくともわかる。


「……くーらーえー!!」

 速度が落ち、居場所がわかればやる事は一つ、ぶん殴ることだ。


「グォォォォォォッ!!」

 レッドホーンの大きな叫びが響く。


「……ようやく見え……え、大きすぎない?」

 ヘルはようやく見えてきたレッドホーンの大きさに冷や汗をかく。


「でかいって言ってただろ!」

「……だって! こういうの、だいたい……緊張感で大きく見えてるだけだし……」


 確かに極度の緊張や危機に瀕している場合、敵の姿が何倍にも大きく見えてしまうという錯覚はあるし、襲撃された殆の人間は話を過大に盛る。


「……あ、まずい」

 杖でレッドホーンの首を殴りつけるようにロックしていたヘルだったが、思った以上の体格差に抑えきれずに押されていく。


「……ねぇ、エス……頑張って……トドメとか刺して……あ、だめ」

 ゆっくりとだが首の力だけでヘルは押されていき、杖の一撃でかち上げられていた首が下がってきて、今度はヘルにターゲットを変えようとしている。


「トドメって言われてもだな」

「……よし、鹿さん落ち着こう……だめ、透明になるのは一番ダメだから」


 しかもレッドホーンは少しずつ透明になっていく、こうなってくると再びヘルには姿は見えなくなる上に、今度は彼女がターゲットだ。


「……巻き込んだらごめんな、魔導砲マナキャノン!」

 エスは右手首から先を銃身に変え、ターゲットスコープがついた視界でレッドホーンに狙いを定める。


「出し惜しみは無しだ、出力、百……発射!!」

 エスはレッドホーンの頭に狙いを下げて右手首に力を込める、自分の機能だからか、どうやって発射すればいいかは、勝手に知っていた。


「…………」

「…………えす?」


 大声で発射と叫んだはいいのだが、銃身からエネルギー砲は発射されなかった。

「え、なんで」

【警告、このまま撃てばヘル様を巻き込みます】

(おいおいマジかよ……)


 魔導砲マナキャノンが撃てない理由はキーが話した通り、ヘルを巻き込むのでセーフティーが作動したからでだ、エスはまだ知らないが、このまま撃てばヘルもただではすまない。


「だったら魔導剣マナブレードに切り替える!」

【了解です、戦闘モード変更、魔導剣マナブレード起動しました】


 エスの右手は今度は人間の物に戻り、代わりに手の甲の付け根から鋭い両刃の青白く光るエネルギーでできた剣が精製される。


「このまま首をっ!」

 ヘルが抑えつけている反対側に走り込み、レッドホーンに近づいてからジャンプて、高い位置からエネルギーで出来た剣を上から下に、叩きつけるように振り下ろす。


「……すご」

 切った時、ドスともブシュとも肉が切れるような音はせず、ストンと刃は振り降ろされ、二秒の沈黙の後、ゆっくりとずれるようにレッドホーンの首は地面に落ちた。


「やばいな、この切れ味……さすがハイテクってやつか」

「……オーパーツってやつだよ、どっちかっていうと」

「それもそうか」


 あっさりと地面に転がるレッドホーンの首。

「拍子抜けって言うほど楽はしてないか」

「ちょっとミスってたら死んでたよ、私達」


 ともかく首になってまで動くようなバケモノではないので、レッドホーンの討伐は成功した。


「ヘル、ありがとうな……お疲れ様」

「……何言ってるの、大変なのはこれからだよ?」

「これからって?」

「……この獲物を街に運ぶんだから」


 ヘルは大地に横たわった巨大な鹿の胴体を、かるく叩きながらにっこりとエスに笑いかけた。


「そうか、それも必要だよな、ニコを呼んでくるか」

「……そうしようね」

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