レッドホーン討伐戦(1)
早朝、まだ朝焼けで街がオレンジに染まっている時間帯に、エス達三人は旅人組合にて馬車の回収をしに来ていた。
「おはようございます……
「おはよう……起きてたんだな?」
「はい、久しぶりの依頼ですし、ここでキチンとしないと存在意義がですね」
「はは、なるほどな」
なんとも切実な話だが、早朝からの活動がスムーズにいくのはありがたい。
「ではお預かりしていた馬です……お気をつけて」
「ありがとう……っと」
ヘルとエスが馬車の後ろに、ニコが運転席に座りいざ出発と合図を送るニコ……なのだが、馬が一向に動こうとしない。
「……どうしたの?」
「あっ、名前はまだかって言ってますっ!」
「……そう言えばそんな約束してたね」
エスは馬の名前をずっと考え続けてはいた。だが正直なところまだコレと言った名前を決めきれておらず、いくつかの候補があるぐらいにとどまっている。
「考えてはいるんだけど、どれにするか悩んでてさ」
「聞かせてくれって言ってますよっ!」
「そうだなぁ、じゃあアルゲニブってどうだ、通称はアルかゲニブで」
「あるげにぶ……ですか」
その名前を聞いた馬の方も反応が鈍い、どうやらあまり気に入ってはないらしい。
「んー、ダメかじゃあ別の名前か……ヘルはなんか考えてた?」
「……ホースだからホーとか」
「よし、どっちがいい?」
アルゲニブとホー、どちらか良いかを聞かれ、あまり表情が伝わりにくい馬であるのにも関わらず物凄く嫌そうな顔をして、かなり苦しそうに葛藤をした末、馬はヘルの方を向いて力なく『ヒン』と鳴いた。
「ホーの方が良いようです」
「じゃあホーで決まりか……」
「……ふふん、よろしくね、ホー」
ホーと呼ばれてから十秒ぐらい間を置いてから、その馬は「ヒヒン」と鳴いて返事をした、どうやら気に入ってはないが受け入れはしたらしい。
「それじゃあ行きますよ、ホーッ!」
名前も決まったところで元気よくニコが馬を出発させるために手綱に合図を送る……だがが、若干ホーは合図から数秒遅れて歩き出す。
「む、機嫌が悪いようですね……なんででしょう?」
「なんでって……なんかごめんな」
その謝罪の言葉は馬にも伝わったのか、門を出て暫くしてからは機嫌を取り戻したのか、調子良く加速して襲撃現場へと進めていく。
「そいういや、レッドホーンがまだ現場にいる可能性は?」
「……正直かなり低いと思うんだよね」
「魔物って言っても野生動物みたいだしな、そりゃそうか」
レッドホーンがどういった理由で馬車を襲ったのかは解らなしし、知ることも無いだろう。ただ獲物を狩った魔物が、その場で悠長に待っている可能性はかなり低い。
「だとすると面倒だな」
「……だね、痕跡でもあれば良いんだけど」
「痕跡があっても透明化するし、鹿の健脚だと行動範囲もヒロそうだし」
「……せめて見えればいいんだけど」
この広大な草原で透明化している魔物を探すのはかなり難しいだろう。それも含めての依頼難易度なのだろうが、その理屈ならば一等級というのは過小評価である。
「大きいんだろ、せめて見えてれば探せるんだろうが……」
【マスター、よろしいでしょうか?】
二人がどうやってレッドホーンを探すか考えていた時だ、エスの脳内に人工知能のキーが久しぶりに話しかけてくる。
(久しぶり、なにか有用な機能でもあるのか?)
【イエス、当機には魔力感知機能が搭載されています、魔法エネルギーが強い方向を感覚的に探知する事がメイン機能となりますが、魔法エネルギーによって隠れている対象を資格情報として認知することも可能です】
(マジか、希望が見えてきた、早速起動してくれないか?)
【了解です、探査モード起動します】
エスの視界が一瞬緑色に染まった後、いつも通り見えている景色に戻る。とは言え今は近くにレッドホーンも居ないので、見えるものは視界情報の端っこに追加された魔力濃度という数字だけだが……。
(魔力濃度七十八パーセント……?)
この数字の意味は何だろうかとエスは考える。
(これが水蒸気だとしたら、空気中の水蒸気量の割合なんだが、魔力濃度とやらも同じ計算方式なのか?)
【イエス、その大気中に含まれうる限界の魔力量と比べての濃度です】
どうやらこの世界には湿度の他に魔力濃度も存在しているらしい、しかしこの数字が高いのか低いのかは、今のエスには判断がつかない。
(とりあえず、この魔力濃度って俺に悪影響があったりするのか?)
【いいえ、例え百パーセントだとしても当機には問題ありません】
(だったらいいか、とりあえず先にレッドホーンを探そうか……)
エスは馬車の後方から外の景色を見渡すが、パッと見る限りレッドホーンのシルエットは見えない。しかし面白い視覚効果はあった。
「なあ、もしかしてヘルって凄い?」
「……今更?」
エスが現在見ている視界には、大気中の魔力濃度を除外した、生物や物質に含まれている魔力量が色によって可視化されている。
ニコやホーは馬車の向こうで両方とも緑色のシルエットで可視化され、荷台越しにもその姿がよく見える。しかし問題はヘルだ、エスの正面の席に座っているヘルは緑色よりも強いオレンジ、そして赤色よりも遥かに魔力量が高いことを示す白色をしている。
「なんかデータで見るとさ、思ったよりヘルがとんでもない色してて……」
「……ふーん、データで勝手に」
「すまん、気に触ったか?」
「……ううん、別にいい……それよりも魔力が見えるの?」
「あぁ、そういうシステムがあったみたいで試してる」
次の瞬間エスの視界が真っ白に染まる、理由は単純でただでさえ真っ白なシルエットと化したヘルが、どういう原理かと気になってエスの目に近づいて覗き込んだからだ。
「ちょっとヘル!」
「……んー、よくわかんないね」
「ヘルちょっと離れて!」
「……どうかした?」
「眩しいんだって!」
痛みを感じるほどでは無いが、ヘルの身体は今のエスには眩しく、視界は完全にゼロになってしまう、これでは何も見えない……いやヘルは見えているのだが見えていないのと同じなので、エスはヘルをゆっくりと押し返した。
「……むう、見せてくれてもいいのに」
「こっちは何も見えないんだって、眩しくて」
「……私が、眩しい」
ヘルは自分の手を見ながらグーとパーを繰り返してみるが、よく理解できずにずっと同じ動作を繰り返し続けた。
「そろそろ現場につきますよっ!」
そんな話をしていた間に、現場に到着していたようだ。
「お、思ったより早か……止まれ!!」
突然エスが大声で叫んだので、ニコは慌てて馬車を止め、ホーも驚いて後ろ足で立ち上げるような仕草を見せる。
「どうしたんですかっ!?」
「ヤツがまだいる!」
エスが叫んだのは振り向き際に見えた光景のせいだった。
「でかい生き物がまだそこにいるんだよ!」
彼が見た光景は、緑色のホーと、同じく緑色のニコ……そしてその奥にいるホーの三倍はありそうな大きさの赤いシルエットにみえる巨大な鹿の姿。
「馬車は……!」
ヘルは既に馬車から飛び降りながら杖の先を淡い赤色に光らせて、馬車の瓦礫に向かって構えを取った。
「瓦礫の上! 後ろ足をかいて……走る準備か!!」
「っ……ニコは退避!!」
「了解ですっ!」
まだ馬車の上に居るのは想定外だった。しかも相手はこちらを見ており、いつ突進してもおかしくない状態で。
「……最悪、本当は透明じゃなかったの……期待してたのに、ね」
馬車から飛び降りたエスとヘルは巨大で透明なレッドホーンと対峙する。
「自分の姿は見えてないだろうって油断してるとこ……つきたかったんだがな」
不意打ちはされずにすんだのはエスのおかげであり利点だが、同時にこの対応は確実に自分の姿が見えていると相手にも伝わってしまっただろう。
「……エス、サポートはお願い……ね」
しかし不利な点のほうが多く、その中でも唯一戦闘経験が豊富と言えるヘルが敵の姿を視認できないというのは、致命的とも言えるのであった。
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