沿海帝国ザント(5)

 その後レッドホーンについて、商隊護衛から話を少しでも詳細な話を聞くために組合の隣にある診療所にて話を聞きにいく。


 その中の内容では、きちんと左右前方後方と注意を払っていたのにも関わらず、進行方向の左手側から急に馬車が倒され、気づいた頃には既に通常個体の二倍はある大きさのレッドホーンに踏み潰されていた、という情報が聞けた。


「あんまり情報はなかったですねぇ」

「……ううん、そんな事無かったよ、聞いてよかった」

「えっ! そうなんですかエス様っ!!」

「俺もいい情報だと思ったよ?」

「ふえー……」


(いまいちニコは理由がわからないみたいだな……一応教えておくか)

「ほら、あの依頼書の情報って敵の大きさも状況も書いてなかったし、急に襲われただけだっただろ、今の証言で本当に姿を消してたか、カモフラージュしてた可能性が高くなったわけだ」


「なるほどー、あれ、でもそれなら超高速タックルだったせいで、護衛の人達が見えなかったとかは……ないんでしょうか?」

「……ニコ、護衛が場所を壊されて徒歩で商人を逃げきれてるんだから、ソレはないと思う、それに……地平線の向こうから目に見えない速度で走ってきたなら、特等級でも済まないと思う」


 この世界が地球と同じ大きさならば、護衛の人間が大型の馬に乗っている状態の高さを約ニメートル半から三メートルと仮定すれば、水平線までの距離は六キロメートルある。


 これが一瞬目を放したと仮定しても一秒以内に水平線に突撃してきたのなら単純に秒速六キロメートルで激突してきたことになり、時速でいうと二万千六百キロメートル、わかりやすく地球上のマッハで換算するならマッハ十七を超えてしまう。


「まあ……そんな速度で走ってたら、衝撃派だけで馬車なんて粉々になるだろうな、激突する必要すらない、というか激突した方が無事じゃないだろ」


 軽口を言って少し真剣になりすぎている空気を和ませようとしたエス。

「……あー、うん鹿系だもんね」

「あはは、そうですねぇ」


 彼が想像した返しは苦笑いだったのだが、帰ってきた反応は軽いものではなく、かといって怒るわけでもなく、何か嫌なものを思い出すかのような反応だ。


「おい待てその反応まさか、いるのか音速移動するようなトンデモ生物が」

「……あはは、うん、直接見たことないけど報告例は割りと……聞く」

「うわぁ……」

「……大丈夫、鹿でそんなに早いのは聞いたことないから」


「とりあえず今回の相手はそんなトンデモない敵じゃないなら……いや、透明になるのも大概トンデモ生物なんだが」

「……それは、ほら一等級の敵なんだからしょうがないかなって」

「しょうがないで済ませるのもどうなんだよ」

 エスはこの世界と自分の常識の差にため息をつく。


「……でも正直な話、エスには言われたくない……かな」

「なんでだよ」

「……だって私からしたら透明になる鹿より、超技術のエスの方がトンデモ」

「それはちょっと卑怯じゃないか?」

「……だって事実だもん」


 このまま特異レッドホーン討伐に出発するのは、日暮れが近いために危険なので、一度ホテルに戻り明日の朝から討伐に出ることに決めた。


「日が暮れてくると、あんまり外って見えないんですねぇ」

 このホテルの売りの一つでもある、水族館のようなガラス張りの部屋も、日が落ちてくると海中なので真っ暗になっていく。


「部屋明かりで少しぐらいは見えるけど、さすがに視界は悪いか」

「……リゾートシーズンならライトアップしてるけど今はやってないんだって」

「ま、たった三人の為にライトアップするのは、エネルギーがもったいないしな」


 日が沈んで行くに連れてゆっくりと黒くなる景色。

「なんにも見えなくなっちゃいましたね」

「……そうだね、ご飯でも頼もっか」


 ベルを鳴らして食事がしたいことを伝えて、一時間ほど待ってくれと言われたので、ゆっくりと外を眺めて待っている。そこに黒鯛が一匹ガラスに激突した。


「あっ! 痛そうですね」

「思ったんだけどさ」

「なんですかエス様」

「これ、向こう側からは俺達のこと遠くからでも丸見えなんじゃないか?」

「確かにっ!」


 真っ暗な部屋に一部屋だけポツンと光っているのだから、海の中からだと丸見えどころか目立って仕方ないだろう。


「なんか、気づいちゃうとすっごく恥ずかしくなってきたんですがっ!」

「……着替えとか気をつけないとね」


 この客室はこのメインルーム以外はガラス張りになっていない。エスも最初せっかくならば風呂や他の部屋も全面ガラスならもっと楽しめるなと思っていたが、気づいてしまってからは心底風呂は個室で良かったと思うだろう。


「露天風呂とか外から見えない前提だから楽しめるんだもんな」

「……ほんと、それだよね」


 二人はつい笑い合う。

「お待たせ致しました、本日のディナーでございます」


 そんな中で運ばれてきた三人分の料理は、彼等が想像していたよりも遥かに豪華なもので、大きな海老を一匹作ったグリルを筆頭に、カニグラタン、魚介類をふんだんに使ったパエリアに恐らくタイと思われる白身魚のソテー、そしてケーキと明らかにホテル料金よりも高いと思われる物が出てくる。


「……ちょっと豪華すぎない?」

「お客様、こちらを」


 追加料金を取られるんじゃないかと思い、不安になりながらホテルスタッフから紙を受け取ると、彼女の表情は困ったような、呆れたような表情となって「ふぅ」と少し呆れたかの様なため息を吐いた。


「……ウオントさんからだって、依頼を受けてくれた礼と、組合で騒いだ非礼って」

「驚いたな、そういう事する人には見えなかったんだけど」

「……結構焦ってた……のかな?」

「こういうのも良くあること、なのか?」

「……ううん、さすがにこういうのは初めて……かな」


 素直に受け取って良いものかと少しエスは考えたが、彼の立場からすると、やはりあの場で外の人間に威張り散らしたままというのは、のちの体裁が悪いと考えたのかも知れないし、本当に焦っていたからあんな態度になってしまったと、後悔しての行動かも知れない。


 どちらにせよ、素直に受け取って置くほうが、ウオントの為にもいいだろう。せっかく出してもらった高級料理も、無駄にはしたくない。


「いただきます」

「えっと、なんですかそれ?」

「あぁ、食べる前の挨拶みたいなもんだよ」

「ほへぇ……いただきます」


 エスが挨拶してから食事をとるのを見て、ニコも真似をしてから食事を始めた。

「むぅ」

「どうしたニコ、口に合わなかったか?」

「いえっ! おいしな、って」

「美味しいなら良いじゃないか」


 美味しいと言う割に、ニコは険しい表情をしている。

「うちの国より美味しかも……いえ、種類が違うんですけどっ!」

(ニコの国も飯が美味かったからな……)


 ニコのいたコルケも畜産業を主軸にして、ベクトルは違うが観光と料理、そして食べ物の生産と輸出で経営していた国だ。美味しいご飯につい、対抗してしまうところもあるらしい。


「種類が違うからな、比べる必要は無いさ」

「それはわかってるんですけどっ!!」


 ただ美味しいのは否定しないようで、料理自体は悔しそうではあるが綺麗に食べているので、満足ではあるらしい。


「そうだ、明日どうやって現場に行くんだ?」

「……馬車は出さないほうがいいかも知れないし、徒歩と悩んでる……かな」

「どれくらいかかるんだ?」

「半日ぐらい」


 それだけ歩いてからとなると、エスは機械なので大丈夫だが、ニコやヘルの体力が心配だ、いくら歩き慣れているといっても疲れない訳では無いのだ。


「馬車を出しましょう、大丈夫です、お任せくださいっ!」

 自信満々に言ってるように見せて、少し手が震えているニコが、胸を叩いて二人に提案する。


「……そうだね、ニコが頑張ってくれるんだし、馬車で行こうか」

「賛成」

「ありがとうございますっ!」


 そのまま出発は早朝と決まり、作戦会議が終わった三人は、残る食事をゆっくりと堪能したのだった。

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