沿海帝国ザント(3)

「とりあえず飯を食ったら出歩いてみたいんだけど」

「……賛成」

「今回は休まないんだな」

「……ちゃんと私も動かないと、ね?」


 昼食で出てきた料理は、新鮮なサーモンのカルパッチョに、大きなロブスターを使ったグリルだった。両方ともこの海で取れたものであり、人間であれば苦労するが魚人であるなら手掴みで簡単に取れる食材を使ったものだ。


「私までこんな高級料理戴いていいんですかっ!?」

 とニコが遠慮するぐらいには贅沢な料理なのだが、ホテル代を考えればおそらくそんなにコストはかかっていないのだろう。高級食材であっても生産地ならば多少安くなるというのは、この世界でも共通なようだ。


「こういうの食べてると、輸送コストって高いんだなって感じるよ」

「……そうだね、この辺だとまだ魔物がいないから楽だけど遠かったり危なかったりすると、同じものでも値段って跳ね上がるんだよね」


「実際それで金稼ぎとかできそうだな」

「……できるよ、お金ない冒険者だと大量に食材とか仕入れて、二つ先の街で高額で売ったりして生活費にするの」

「あれ、それって行商人か運送業では?」


 転売のように感じるかもしれないが、あくまで商品を安く仕入れて、その商品の価値が高い街まで持って行って売るのであり、不法に値段を釣り上げたりはしない。


「……実際ね、お小遣い稼ぎで軽い気持ちで輸送のお仕事してたら、自分の腕なら魔物を追い払うのも安定するし、旅人してるよりお金稼げるから普通に永住して旅人辞めちゃう人も多いんだって」

「確かにこの世界で安定して稼げる職業があればそうなるか……」


 実際比較的安全なこの周囲でさえ、コルケとザントを行き来して魚介類を輸送すればそれなりにお金は儲かるだろう。もちろん、それだけではエスの稼働時間を伸ばすには不十分な金額だが。


「……ほんとね、もうそろそろ稼ぎ方とか教えて一緒に稼がないとって」

「まだ焦らなくていいさ、とりあえず一歩ずつ歩いていけばいつかはみのるんだから」

「……だといいね」

「少なくとも、前には進むさ」


 食後はエレベーターで地上に上がり、フロントに夜に戻ると伝えてから、旅人組合に向かう。旅人組合の場所はこういうリゾート地でも城門の近くだが、さすがに大通りには面しておらず、横道を通った先にあった。


「んあー……えっ! あ、旅人さん!?」

「……そうだけど」

 旅人組合に入っただけで驚かれてしまい三人で顔を見合わせる。


「嫌な予感しかしないな」

「ですねぇ」

「……だね」


 コルケはまだ旅人組合は普通に旅人の案内をしていたが、この受付嬢の反応を見る限りだと、ザントでは旅人の来客自体がかなり少ないのだろう。


「……一応だけど、依頼ってある?」

「えっと、現在ご案内できるのはゼロ件です!」

「……だと思った」


 案の定依頼はゼロ。これではお金を稼ぐどころでは無い。

「……やっぱり依頼なかったね」

「いやぁ、依頼が無いわけでもないんですけどね」

「……そうなんだ、じゃあ凶悪な魔物とかで普通の旅人だと案内不可とか?」

「いえ、特殊条件下というか水中条件の依頼しかなくて」


 基本的に水中に住んでいる種族なので、都市での雑用依頼でさえも彼等の居住区である水中がメインになる。


「じゃあ俺達にできる依頼はないか」

「……諦めよっか、今日はゆっくりして明日出発して……」

「一日ぐらい遊んでからでもいいぞ?」

「……ダメだよ、今の時期の海とか寒すぎて死んじゃう」

「そうか……」


 エスは機械の体なので気温による暑いだとか寒いという感覚を感じにくい、せめて温度計と湿度計でもあれば、このぐらいの体感だろう、過ごしやすさだろうと生身の頃の経験上わかるのだが、どうしても感じてないせいで鈍感になる。


「そう言えば北国の春先だったっけな」

「……そうだよ、まだ一枚ぐらい上着を着てもいいぐらい肌寒いもん」

「私は平気ですけどねっ! ただ入水はさすがに凍えますが」


 ニコがワンピースというのも、エスの感覚が狂っていた視覚的な要因だろう。彼女はクマの獣人なのである程度の寒さに強く冷水も平気なのだが、比較的強いというだけであって、まだ気温の低い海で海水浴が出来るほどではない。


「海水浴もできないとなると……釣りもさすがに人魚がいるとこじゃできないし」

「宿で魚見てるのも楽しいですよっ!」

「ま、それぐらいしかないか」


 仕事をするにも種族の壁があり、開き直って遊ぶにしても時期が悪い。

「そういう事なんで……すいません」

「謝ることじゃないさ、魔物の仕事が無いってことは安全だって事だし」


 このままここに居ても何も得ないので……外に出ても観光するだけではあるのだが、仕事を諦めて組合から出ようと振り向いた瞬間だった。


「組合員はいるか?」

「はい、ここに!」

 体色は青く痩せていはいるが、鍛えているのがよくわかる筋骨隆々な魚人の男が旅人組合に入ってきた。


「珍しいですね、ウオントさん」

「報告にあった人間の旅人がちょうど居るようだな」


 このウオントという魚人は偉い身分であるらしく、海を泳ぐので邪魔な衣服は最低限ではあるものの、豪華なネックレスや腕輪などの装飾をつけていたし、受付嬢に対しても上の立場であるように振る舞う。


「仕事だ、珍しいだろう? そこの旅人に受けさせろ」

「こちらにも規定がありますので、まずは拝見させていただきますね」

「早くしろ」


 その様子を見たエスとヘルは彼等に聞こえないように小声で会話を始める。

「どうやら無いと思っていた仕事が来たようだけど?」

「……嫌な予感しかしないんだけど」


 水中での需要がメインのこの国で、旅人に頼る依頼ならば間違いなく地上だけの依頼なのは間違いないが、ろくな依頼じゃないのは簡単に想像できる。


「えっと、こちらの依頼だとあの方達が受けれるかわからないんですが……」

「どうしてだ、受けさせればいいだろう、報酬も出すんだぞ」

「それはですねぇ、説明しますとランク不足だからで……一応確認スますね、すいません旅人の皆さん、そちらの女性の方がパーティーリーダーですよね?」


 手の平を上に向け問いかけてくるのに対して、ヘルは目を閉じながら。

「……私がリーダーで間違いないよ、旅人等級は二等です」

「ですよね、確認ありがとうございます、やはりご案内できないですよ」


 彼女は目の前で苛立っているウオントに向かって、口元を引きつらせながら愛想笑いしつつ答えるが、彼はそれで納得する様子はない。


「俺が命令しているのだ、そのぐらいなんとかしようとしないのか?」

「しませんよ、規則ですので」

「まったくこれだから陸上の民は気が利かぬのだ……抜け道ぐらい用意しろ」

「抜け道ですか……あっ」

「ん、あるのか?」


 受付嬢は何かを思いついたようでヘルを凝視し始める。このパターンはまずいかもしれないと思ったヘルは、組合から出ようとするが、すぐさま受付嬢に呼び止められる。


「待ってください、証明カード見せてもらっていいですか?」

「……はぁ、はいどうぞ」

「えっと……」

 彼女がカードの裏面を見た瞬間、広角が上がっていく。


「実績が十分にあるじゃないですか!」

「……そうだね、結構納品してきたし」

「これなら等級更新試験売れますよね?」

「……拒否します」


 ヘルは確認が終わった組合の証明証を受付嬢からさっと奪い取り、立ち去ろうとするのだが、受付嬢はカウンターを飛び越え、ヘルの正面に回り込んで手を開いて帰り道を塞ぐ。


「お願いです、ただでさえ仕事少ないせいで実績がなくて大変なんです! 報酬の上乗せもしますし、必要でしたら他の組合への推薦状も書きますから!」


 立ち塞がったまま必死な様子でお願いしてくる受付嬢に、ヘルは大きくため息をつくのであった。

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