沿海帝国ザント(2)

「今の時期に旅人か、珍しいな、宿代は銀貨八枚だが大丈夫か?」

 最初に見つけた宿屋にて、値段を聞いたヘルの顔が凍りつく。


「……銀貨三十枚?」

「あぁ、おっと他の店でも同じだ、統一価格なんでな」

「……わかった、支払います」

「毎度、番号の部屋に行ってくれ、あっちからだ」


 指をさされた先にあったのはカプセルのような個室だ。

「……こんな小さい部屋で銀貨十枚なのかな?」

「いや、違うと思うぞ」


 ヘルはこの円柱形の筒のよう小部屋に覚えは無かったようだが、エスはかつて毎日のように乗っていた物と同じだと瞬時にわかったので抵抗なく乗り込んだ。


「絶対に良いって言うまで開けないでくださいよお客さん、危ないんで」

「わかりました」


 扉をかかりのものが閉め、何か魔法のようなものをかけると、筒のような部屋はゆっくりと三人を載せたまま、水中へと潜っていった。

「……これ、なに? 大丈夫なの?」

「多分エレベーターだよ、大丈夫かは知らないけど」

「……え、エレベータ?」


 この世界でもエレベータのような物があるんだなとエスは感心するが、よく下を見るとこの乗り物を引っ張って下へ移動させているのは二人の人魚だった。


「まあ水中で、しかも人力ってのは俺も始めてだけど」

「……ほんとだ引っ張って潜ってる」


 その甲斐もあってか背後の建物以外の上下も左右ももちろん正面も、海中の美しい景色が広がっており、ニコが目を輝かせながら食い入るように見入っていた。


 ガコンッ!


 エレベーターが建物の壁にはめ込まれ、ゆっくりと扉が開かれる。

「お待たせしました、こちらへどうぞ」

「うわーっ! 凄いですよご主人!!」


 そのままホテルスタッフの魚人に誘導されて、通された部屋はメインルームの外側の壁がガラス張りで海中が見えるようになっている豪華な部屋であり、その光景を見たニコは無邪気にもガラスに張り付いて、再び目を輝かせていた。


「どうぞごゆっくりお過ごしください、また何かあればそちらのベルでお呼びくださいませ、それでは失礼いたします」

 ホテルマンの魚人はそのまま頭を下げてから退室する。


「……やっと落ち着ける、かな」

「荷物は一応保管しておくのか、このレベルのホテルなら大丈夫そうだけど」

「……一応やっておこっか」

 収納ケースに三人の荷物をまとめて入れて、保護魔法をかける。高いホテルだからと言って、バイトなどが間違いを犯さないとは限らないから念のために。


「それで、今日はどうしますか?」

「……三人で一泊銀貨八枚だからなぁ、あんまり長い間滞在はできないかな」

「やっぱ少し高いのか、五倍だもんな」

「……国でやってるリゾート地だから値段統一も嘘じゃないだろうし……うん」


 五倍の値段ということは、他の街ならば五泊はできるという事なので、金欠ではないとは言え、他の街よりもお金がかかることは確かだろう。


「その分サービスは良いみたいだけどな」

 ちゃんとしたボーイが居るのもそうだが、このホテルは安宿とは違って求めればきちんと三食の食事がついてくるし、浴槽まではないが魔法で水が流れるシャワーはついている。


「見てください、追加料金をお支払いすれば窓の外の魚を取って料理してくれるサービスもあるみたいですよっ!」

 値段は一匹銀貨一枚。これで水槽ではなく直接海を泳いでいる魚を人魚達が捕まえて料理してくれるというのだから、観光で来ているのならば最高の環境だ。


「……そろそろきちんと教えようと思ってたのに……この街で」

 そんな恵まれた場所ではあるが、ヘルが浮かない顔しているのは目的とは正反対の場所だったからだ。


「旅人としてか、でもリゾート地だってわかってただろ?」

「……そうだけど、リゾート地でもそれなりに出来ることってあるんだよ?」

「出来ることか、例えば?」

「リゾートに来るお客さんを守るために、魔物の撃破依頼とか」


 いくらこれだけ楽しめそうな高級リゾート地であっても、周辺の国から客が来なければやっていけない。なのでこういう街では旅人に常に魔物の討伐依頼が出ているのが普通らしい。


「もしかして、コルケで依頼がなかったのか?」

「……うん、あの国の周りで魔物も見なかったからそんな気はしてたけど」


 コルケで依頼が無かったとすると、この辺には魔物の討伐依頼は出ていない可能性は高い、これはヘルにとっても予想外の事らしく頭を悩ませている要因でもあった。


「……ニコはなにか知ってる?」

「それはですね、周辺国って交易とか観光が多いので、各国で協力して討伐隊がずっと走り回ってるからかと……討伐依頼が一切ない、ってわけでもないみたいですが」

「……そうなんだ、失敗したかも」


 ヘルは椅子に憂鬱そうに外を眺めながらため息をつく。

「他に稼ぐ方法ってないのか?」

「……いっぱいあるにはあるよ」

「例えば?」


「……最初に始めるのはやっぱりギルドの依頼かな」

「魔物討伐以外のやつか」

「……うん、初心者ならオススメはお使いかな」

「お使いって国から国へか?」

「……そうだよ、報酬は宿代とご飯で消えちゃうぐらい安いけど」


「と言っても今までが例外で本当は魔物だって出るよな?」

「……だから本当は危険なんだけど、直接魔物を相手にするよりはマシだから」


 最悪荷物を届ければ逃げてしまえばいいのだら、倒さないと依頼がクリアできない狩りよりかは初心者むけなので、当然魔物によっては逃げれないのであくまでマシというレベルだが。


「……ベテランになっても、次の街に行くついでに受けたりするし依頼の量も一番多いかな、報告に戻らなきゃダメな場合もあるけど……基本組合に届けるだけでオッケーだから便利な依頼かな」

「でもそういう依頼も受けてなかったよな?」

「……あくまでも依頼があってのミッションだから……ね?」


 どうやらトライやコルケでは配達の依頼すら無かったようだ。

「……次に近くの魔物討伐、これは基本的に楽なのから大変なのまでピンキリ」

「魔物の強さによるもんな」

「……一応旅人の信頼度で受けれるか審査されるけど……アテにならないんだよね」


「……無理なぐらい強いのとかがいたり……だから最後は旅人本人の自己責任で撤退して組合に報告したりしなきゃいけないし、経験が問われるんだよ?」

「ちなみになんだが、道中で出くわした魔物はどうするんだ?」

「……それもフリーハント扱いで旅人組合に納品できるんよ、私は基本的にこっち」


 そう言えば最初にエスが彼女と出会った時は、無表情で魔物を杖で撲殺しているところだったことを思い出す。


「あの時のがそうか」

「……うん、依頼分お金は少ないけど、自分の裁量で獲物は選べるしね」

「無理せず狩れる分だけを適度にって事か」

「……そう、でもたまに依頼と被っててお小遣い貰える時もあるよ」


「普通に暮らすだけならそれで十分だったってことか」

「……そうだよ?」

「悪いことしたな」

「……ホントだよ、でも一度決めた事だし、ね」

 ヘルは首を傾けながらエスの顔を覗き込み、優しく微笑んで見せた。


「ん……よし、とりあえず旅人の仕事はこの二種類か」

「……一応もう一つあるよ、オススメしないけど」

「どんな仕事なんだ?」

「……その国の内部での仕事、ハズレが多すぎてあんまりいい思い出がない、かな」

「国から出なくて済むんだから楽じゃないのか?」


「……小さな揉め事の解決とか、用心棒とか調査依頼とか種類は多いんだけど……よく考えてみるとね、別に国の中で人材が揃うなら、旅人に依頼しなくていいよね、そういうお仕事って」

「あー……その国の人間がやりたがらない仕事がまわってくるのか」

「……そ、だからハズレか、本当に報酬が少ないかどっちか」


 ようは国の中で誰もやりたがらないような仕事を、すぐ去ってしまうような旅人に押し付けているだけなのだ。当然本当は旅人だってやりたくないような仕事が多くなる。


「マシなのもあるって聞いたけど……私は見たこと無いよ」

そういうヘルの表情は憂鬱そうで、過去に何かあったことを物語っていた。

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