三ヶ国目・沿海帝国ザント(1)
「お待たせしました、もうすぐ水の国、沿海帝国ザントに到着しますっ!」
ニコが案内してくれたので、馬車の先頭側、ニコの背後から覗いてみると城壁が見えてくる、この馬車の速度ならば後五分も経たずに到着するだろう。
「なあ、あの街城壁が海に出てないか?」
「……出てるね」
「あれもよくある事なのか?」
「……さすがにこういうパターンは初めて見る」
二人が驚くの無理はない、次の街は正面から見える城門の地面ですら既に砂浜であり、そこから先にはどう見ても海が広がっている。
「もしかして次の街って海上都市なのか?」
海上都市とは文字通り海の上にある都市のことなのだが、実現はかなり難しく、海中のメンテナンスや迫りくる波や高潮、そして海の魔物と問題が多い。
「そうですよっ!」
「やっぱりか……そりゃ楽しみだ」
正直なところエスは自分が生身の頃ですら難しかった海上都市がこの世界でどうやって作られているのか疑問だった。なにせ彼の時代でも海上都市といえば、廃棄物や採掘をした後に余った土などを積み立てて作った人工島だ。
(たしか、埋立地も地盤沈下とかに悩まされたと聞いたが……どうやってんだ?)
そんあエスの疑問をよそに、馬車は城門に到着する。
「止まれ、おや、その馬はコルケで買ったものか?」
「はいっ、オギュスタン様から購入致しましたっ!」
「なるほど、身分は……貴様は奴隷で後ろが主人か」
「その通りです、お二人は旅人で私はどれ……雇われた身でございます」
「よかろう、通るがいい」
すんなりと城門を通されて困惑した様子を見せたのはヘルだ。
「……あれ、私達の確認はいいのかな?」
「あはは、セキュリティでいうと甘いですよね、でもちゃんと理由がありますっ!」
「……どんな理由?」
「二つ理由があって、一つはオギュスタン様の信用というか……知名度ですね、オギュスタン様はが馬車を売るのって結構厳しいと有名で彼が売ったなら大丈夫だろうと周辺の国では有名なんですよっ!」
「……え、いいのかな、それで」
エスも心のなかで本当に大丈夫かこの国はと心配するほど、それだけの理由で国に入れるのは心許ない。もし嘘をついていてこの馬が奪ったものだったりすればどうするのだろうか。
「オギュスタン様の馬はですね、見た目で他の馬より大きくて筋肉質ですから、詳しい人が見たらわかるのと……同行を馬本人が認めないと暴れるらしいので」
「馬本人ってどうやってわか……そうか、ケンタウロスだから話せるのか」
オギュスタンから馬を買うのは気難しいとは言っていたが、どうやら馬も含めてのことらしい。馬とオギュスタンが話し合い、馬がコイツなら乗せてもいいと思わなければ売ってくれなかったのだ。
「じゃあ……お前は俺達を選んでくれたんだな、ありがとう」
「ブルルルルン!!」
馬は大きく一度
「はは、さすがの翻訳機能も馬の言葉はわからないか」
【善処します、マスター】
(いやキーよ、そこは頑張らなくていいからな)
自分の脳内で久しぶりに答えてくれた人工知能のキーをなだめながら、青鹿毛の立派な姿をみて彼は思う。
「だったら……名前をつけなきゃいけないな、コイツにも」
「あっ、是非そうしてあげてくださいっ!」
「ちなみに牧場での名前とかはわかるか?」
「それなんですが、オギュスタンさんの方針で幼名は秘密なんですっ!」
「え、なんで?」
「新しい主人の下で心機一転やってくための決まりだそうですっ!」
「なるほどな、だったらイチから考えないといけないか」
エスは青鹿毛の馬を見てどういう名前がいいか考える。
(深い色だしデ……いや記憶にあるような競走馬の名前に近いのは流石に辞めとこう、じゃあ単純にブルーとかブラックとか……ダメだ、口に出したらその時点で決まりそうだから相談もできないな、この二人)
適当に口に出すと、ニコの時みたいに一発でそれがいいと押し切られる可能性がある、適当にブルーなんて口に出せばそれに決まってしまうだろう。
「よし、とりあえず保留にしよう急ぐ事はないし、なぁ」
「ヒヒィン!」
「む、なんかこの子も同意してますね……では後ほどということで」
この馬は人間の言葉は話せないが、人間の言葉を理解しているようで、大きく頷きながら声を上げる。この馬もニコの命名の流れを聞いており、馬は適当に名前をつけられるのは嫌だったようだ。
馬車は徐行しながら暗い城門の下をくぐりぬけた先で、眩しい太陽が目に入る。
「っと、そうか太陽は東だっけか……」
「……うぅ、眩しい」
海に反射した陽の光に目を眩ませて、前が見えなくなるのを我慢して、ゆっくりと明るさに目を慣らしていけば青を基調にした綺麗な街が目に入る。
「さて、とりあえず旅人組合で馬車を預けますか? それとも宿が先ですか?」
「……組合でお願い」
街は砂浜に作られた橋を渡り、海上都市へと馬車は足を踏み入れる。
今回の街の特徴は、行き交う人々が今までと全く違う見た目をしていた。
「なるほど、セキュリティが甘い理由がわかったよ」
「はい、私達がどれだけ悪意を持っても、どうしようもないですからね」
人々の肌は青や赤、それに黄色や銀色までもいる……というよりも肌と言って良いものではない、この街の住人は皮膚ではなく鱗を持っていたのだ。
「魚人の街だったのか、表に出てるのは一部だけでメインは海中か」
「そうなんです、彼等の住居は海中なんで……魔法でしか入れませんし、呼吸をなんとかしてもどっちみち泳ぎでは彼等に勝てません」
海上都市なんてとんでもない、海上に人間用に最低限の都市を作ってくれているだけであり、本来の都市の大部分は海に突き出た海中に存在しているのだ。
「……凄い街だね、綺麗だし」
「でも気をつけてくださいね、定期的に波がかかるって有名でもあるのでっ!」
「それはちょっと困るな」
地中海沿岸のような白い壁の綺麗な街を通り、旅人組合に到着する。
「あらいらっしゃい、馬車の管理ね」
「はいっ! 空いてますか?」
「空いてるわよ、オフシーズンだもの、はい、管理番号」
「ありがとうございますっ!」
旅人組合での馬車の管理は最初に保証金である銀貨を一枚渡した後、回収する日に残りの金額を後払いするシステムだ。馬車の停泊場は宿屋にもついている所も多いが、宿の値段に依存するため基本的には組合で管理してもらった方が安い。
「戻ってくる頃には名前考えとくからな」
「ブルルルルンッ!」
馬を組合に任せたら、次に向かう先は宿屋探しだ。
「オススメの宿の情報とかもあるのか?」
「それがですね、そこまでは知らないんですよねー」
「さすがに知らなかったか」
「あっ、でも噂ではなんかとてもいい宿だったとか、良い評判は聞きますっ!」
「そりゃ楽しみだ」
とりあえず三人は宿を探しながら街を歩く。海上都市は地上と水中に別れており、白い壁が綺麗な街の部分はほんの一部でしか無いために、相対的に狭い土地に地上用の店が密集していた。
「そう言えば魚人と言ってもちゃんと足があるんだな」
「そうでもないですよ、ほら、水中……見えづらいかもしれないですけどっ」
「ん……いや綺麗な海だから結構深くまで見えるな……」
桟橋から覗き込んだ海中でエスは、下半身が魚の、いわゆる人魚という種類の魚人たちが大量に泳いでいるのを目にした。どうやら地上にいる魚人は陸に上がれるごく一部の種類だけで大半は水中で活動しているようだ。
「なんというか……氷山の一角ってこういう事を言うんだろうな」
「氷の山なんてないですよ?」
「あはは、そういう慣用句があったんだよ」
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