二度目の野宿。

 コルケから次の街へは、朝から馬車を走らせたなら夕方にはつく。だが今回出発したのは昼過ぎなので、一度野宿を挟む必要があった。


「エスさんって睡眠不要なんですかっ!?」

「エネルギー節約でならやるけどな、こういう見張りが居る時は俺がやってる」

「じゃああの訓練って無駄になっちゃいましたね」

「あの訓練?」

「旅人に雇われたら絶対寝ずの番させられるぞって訓練ですっ!」


「こっちは楽で良いんですけど……本当に寝ていいんですか?」

「もしかして襲われることでも不安になった?」

「あ、いえ、ぜんぜん、むしろ奴隷ですからそうして戴いてもっ!」

「いや襲わないよ、というかやっぱり慣れないな」

「何がです?」


 エスは頭をかきながらニコに任せきりだった野営の準備を手伝い始める。

「エス様っ!?」

「やっぱり俺もやるよ、こういうの」

「こ、こういうのは奴隷にですねっ!」


 主人に手伝わせるという行為が、奴隷と仕込まれてきた少女にとってはとても失礼に思えて焦りだすが、エスは構わず手を動かす。


「……ふふ、やっぱりそうだ、辞めよっかこういうの」

「そうですよ、ヘル様もエス様を止めるように……ってヘル様!?」

 ヘルはエスを止めるどころか、エスと一緒になって野営の準備を始めてしまう。


「……やっぱり奴隷とかナシにしよっか」

「そうだな、てことでニコ、これからは奴隷として扱わない」

「いやいやいやいやっ!」

 ニコが慌ててエスの袖を引っ張りながら、涙目で訴えかける。


「御主人は私が……ニコが不満なんですかっ!?」

「……違うよ、不満なんてない」

「だったら……なんでですかっ!?」


「単純に俺とヘルが奴隷の主人ってのが性に合わないんだよ」

「えっと……じゃあ…………やっぱりクビですかっ!?」

「いやクビにはしないよ、ニコがその方が言いなら奴隷契約は続ける」

「えっと、それならどうすれば」

 状況を理解できていないようで、ニコは手を止めてその場にへたり込む。


「……説明が下手だったよね、ごめんね」

「えっと、とりあえずお役御免ではないんですよね?」

「……うん、むしろこれからの旅にニコは必要だよ」

「はぁ、よかったです」

 ヘルがニコの頭にポンと手を当てて撫で、ゆっくりと胸に引き寄せて慰める。


「任せたほうがいいか?」

「……そうだね、二人で言ったら混乱するし私から説明しよっか」

 元はと言えばエスが最初に奴隷として扱わないと、解雇とも言える切り出し方をしたのがこの混乱の原因なので、今回はヘルに任せたほうが良いだろう。


「……私とエスってね、奴隷を持つのって慣れてないの」

「そうなんですか……?」

「……二人共始めてだよ、だからあんまり奴隷の使い方を知らないんだ」


 実際奴隷のような制度はエスが生身の頃に過ごしていた国では、過去に似たようなものこそありはしたが廃止されていた。


「……だからね、支配するのは苦手だから仲間として接しさせて欲しいなって」

「そうなんですか……?」

「……うん、今だってニコに仕事全部任せて見てればいいってわかってても、ムズムズしちゃって落ち着かなかったんだよ?」

「なるほどぉ、たしかに御主人様としては大変そうですねぇー」


 ニコが野営の時間になり、焚き火などの用意をし始めたので手伝おうとしたら、「これは奴隷の仕事なので待っていてくださいっ!」と言われて待機していたが、どうにも落ち着かなくて手伝うことにしたぐらだ。


「馬車の運転とか、ニコが一番できるのを任せるのは良いんだけどな、自分ができるもんを頼りっきりするのは……なんというか申し訳なくなる」

「もう、エス様もそんな事言って、この奴隷めにお任せすれば良いのに」

「うーん、あれだな、ついでにそれも辞めるか」

「あれってなんですかぁ?」


 ヘルの抱擁から解放されたニコは、既に気が抜けたようにだらんとその場に手をついて脱力しながら、もうお二人の好きにしてくださいといった様子で全てを受け入れようとしている。


「自分を奴隷めって言うのさ、なんとなく負い目があるんだよ」

「負い目ですか……?」

「ほら、考えても見てくれ……俺は機械だぞ」

「え? あー……あっ!?」

「俺も時代というか運次第じゃソッチ側なんだ」


 エスは自分が機械という性質上、本来どういう経緯からかは不明だが、もし正常に製造された当時運用されていれば、それこそ奴隷のような扱いをおそらく自意識もない状態で古代人に道具として使われていたと自認している。


「多分道具として使われるのが俺の本来正しい姿なんだろうけどさ……せっかくこうやって好きに動いて良いんだしな、機械になる前の記憶だってあるし……な?」

 その後、例えその生命が限られたものだとしてもと言いかけたが、さすがにコレを言うとまたヘルに怒られるなと思い胸に留めるだけにした。


「なるほど……そういう事情でしたら辞めますねっ!」

「そうしてくれると助かる……ということでだ」

 エスは薪を組み上げてヘルに合図をして、ヘルは魔法で火をつける。


「ニコって料理は仕込まれてるのか?」

「あっ! すいませんサボってしまって!! 最低限ですができますよっ!!!」

「よし、じゃあ頼むよ俺もできなくはないけど旧時代のもんだからな……調味料とかまだわからないし、ニコに任せる」

「了解ですっ!」


 ニコはさっそく料理の準備に取り掛かる、使うのは鍋でコルケで買った野菜と干し肉を使った煮込み料理を作るようだ。


「煮込み料理か」

「はい、苦手でしたら先におっしゃってくださいっ!」

「そうじゃないけど、理由があるのかなって」

「今日は風が強いですし、焼き料理だと料理に風や土が混ざりやすいかなって!」

「なるほど……さすがよく考えてる」


 ニコが料理はできないと言われた時にエスが考えていたのは単純に干し肉を焼いて、ソースでも作ってかけた物だったが、それだと作ってる最中に間違いなく風に巻き上げられた土が入って嫌な気分になっただろう。


「食べる時は鍋を馬車に持ち込めば、風も防げますし良いですよっ!」

「そこまで考えて料理するんだな……参考になるよ、ちなみに雨の時は?」

「その時は焚き木を使わなくて済むような料理を馬車の中でですね」

「火が使えないのにか、どうやるんだ?」


 電気が発達しているのなら発電機やポータブル電源を使い、ホットプレートなんかを使って調理をするというのは発達した文明であれば可能だが、現状ここにはそんな便利なものはないし、木造の馬車の中で火を使うのは火事や換気の問題で危険だ。


「そういう時は雨が降る前に調理してたものとか、保存食で……本当は魔熱プレートでもあったら雨の中でも気軽に馬車でご飯が作れるんですが」

「魔熱プレート?」

「実物は見たことがないんですけど、魔力を通すと熱くなる鉄板だそうですっ!」

「あぁ、電熱プレートみたいなもんか……」


 ホットプレートはないが、魔力を利用したホットプレートのようなものはあるらしい。さすがにニコが見たことがないといぐらいには高級品のようだが、それならば確かに馬車内でも料理が楽しめそうだ。


「ということで、ざっくりですができました、コルケ特性のお肉とトマトを使った、ニコ特性干し肉のトマト煮ですっ!」

「……それじゃ、ご飯にしよっか」


 鍋を馬車の中へと運び、保存庫に閉まってあったパンと一緒に食べる。パンは少し硬いのでトマト煮に漬けながら食べる必要があったが、とても美味しいものだった。


「テントとはまた違った良さがあるな……安心感があるよ」

「えへへ、そうでしょう、あ、パンはまだまだありますからねっ!」

風の強い草原の中、ゆったりとした空間がそこにできていた。

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