コルケから三ヶ国目へ。

「海の国は珍しい近海の安全を保証してる国ですね、なので……遊べるんですっ!」


 海の安全が保証されているというのは、水棲の魔物に襲われないということで、この世界では砂浜に寄るだけでもカニや貝の魔物に襲われることがあるのでかなり珍しい。ただ位置的にここから南西にあるとは言え、海水浴をするにはまだ少し寒い。


「山の国は東に進んだ方向ですね、大陸への足掛かりですっ!」


 一方で山の国は魔物は増えるがそれだけ旅人にとっては獲物が増えるし、この辺りから大陸へ進んで行くにはこの国を中継する必要がある。もちろんこの国じゃなければ行けないということは無いのだが、山脈があるので通れる場所は限られている。


「山の街に行くってことは、山脈を超えるって事か」

「……そうだね、海の街に行くルートだと、もっと南に行ってから山越えかな」

 どちらにせよ山を超えるのは確定事項なので、どの位置からどの時期で超えるかが重要になってくる。


「今の時期は冬か?」

「……ううん、春だよ、ここは大陸のちょっと北側だから寒い気候なの」

 ざっくりと地面に地図を書いてもらい、位置を見せてもらうとどうやらこの辺は地球で言うならば、北海道の札幌ぐらいの緯度なのがわかる。


「だったらまだ山道って雪があるよな?」

「……残ってるかも、ちょっと危険だね」

「なら一旦南に進むか、雪山登山はリスキー過ぎるし」


 馬車で山道を超えれるとは言え、地面はアスファルトによって舗装されていない。雪の中を進むのはもちろん危険だが、道雪がなくとも雪解けによって、土がぬかるんでいる可能性はかなり高い。


「雪山の可能性があるならできるだけ避けよう」

「……わかった、じゃあ南だね」

「了解です!」


 ニコは城門をくぐってから城壁に沿うように壁をぐるっと南側へとコルケ国を周り込み、南の門までくると人が何度も通ってできた街道に出て馬車の速度をあげる。


「思ったより揺れないんだな」

「……ホントだね、車輪は普通だったんだけど」

「サスペンションでもついてるのか、それとも魔法か」

「……魔法だったら確認しないとだね、定期的に魔力補給がいるし」


「そちらでしたら、確か保管庫のあいだの、えっと、床下を御覧くださいっ」

「床下って言ってもどうやって……と、これか」

 エスは保管庫の間のスペースに置いておいたキャンプ用の荷物をどかし、中心をにあった溝を彫り込んだタイプの取ってを見つける。


「移動中だけど開けて大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよっ!」


 ニコに念のため確認を取ってから、指を隙間にねじ込んで溝に指をかけてゆっくりと持ち上げて開く。中にあったの淡い光を放つ、小さな球体があった。


「これは?」

「あれ、ご存知ありません?」

 ニコの不思議そうな声が運転席から聞こえてくる。


「いや、知らないけど」

「魔水晶をあんなにお持ちなのにですか?」

「……むしろ魔水晶が沢山あるから、エスは知らないんだよ」

「えーと、なるほどー?」


 怪しむニコになんとか誤魔化そうとするヘルだが、結局この物体が何か答えてくれる気配がない。


「さきに何か教えてほしいんだけど」

「……んっと、ごめんねコレは魔結晶……簡単に言うと廉価れんか版魔水晶だよ」

「廉価版? これも魔力を溜められるのか?」

「うん、魔水晶を参考にしてこの辺だともうちょっと南が生産国かな」

 ヘルはその廉価版魔水晶に手を当てて、淡い光らせて見せる。


「……こうして魔力を充填させておける外部装置、家電なんかにも使われるけど」

「廉価版って事は性能は劣るってことか?」

「……うん、高級な魔水晶と違ってこっちは簡単に魔力も込めれるんだけど、ちょっと効率が悪いし、溜めれる量は比較できないぐらい少ない」


 ふう、とため息をつきながらヘルは魔水晶から離れると、額から出ていた大量の汗をハンカチで拭き取りながら席に座る、かなり疲弊した様子だ。


「……魔力を私でも溜めれるっていうのは魔水晶よりも良いんだけどね」

「大丈夫か?」

「……ちょっと……じゃないぐらい疲れたけどこのぐらい平気だよ」


 ヘルが手を当てていた時間は数秒だけなのに、まるで長時間運動をしたかのよう。

「……エネルギー効率が……悪いんだよね、まだ」

 魔水晶を再現しようとしたのは良いが、まだ技術が追いついておらず、なんとか実用できるというだけだろう。


「……溜めた魔力を勝手に使ってくれて、誰でも決められた魔法が使えるから、魔法が使えない人でも使えるのは便利なんだけど……ね?」

「魔法が使えるなら自分でやったほうがいいのか」

「……正直、覚えちゃえば魔力も半分……ううん四分の一ぐらいですむかな」


(てことは利点は覚えなくても使えるぐらいか……そういやまだ使ったこと無いけど、魔水晶使ってるんだから魔導砲とか剣とかも似たような技術か……うん?)


 もしやと思って、エスは腰から魔水晶を取り出してヘルに尋ねる。

「これ、魔結晶を代わりにできないか?」

「……できるよ、正直に話しちゃうと一日分の魔力を込めても数日しかもたないんだよね技術不足で、多分これぐらいの馬車なら一個で一年ぐらいもつと思う」

「やり方を教えてくれ」

「…………わかった」


 取り替え方はバッテリーや電池を交換するみたいに簡単で、決められた場所にある魔結晶を取り出して、代わりに魔水晶を入れるだけで数秒で終わる。


「これで当分は安泰ってわけか」

「……そうだね、ありがとう」

「感謝はどっちかというと、オギュスタンさんにかもな」


 やはりこの馬車は少し上等過ぎないかとエスは思うと同時に、その分ニコを大事にしないとなとも考える。


(本当はオギュスタンさん、ニコを手放したくなかったんだろうな)

 エスはあのケンタウルスにどういった事情があるか、結局知らないまま出発したが、知りすぎると今度はニコを特別扱いしすぎてしまいそうなので、このぐらいの状態が多分一番良かったんだと思うことにした。




「もう国からも随分離れたな」

「……そうだね、他の馬車もすれ違わないし」

「皆さん朝一番で出発しますからねー」


 既に国境を示す城壁は地平線に消え、何もない草原をただ走るだけの時間。

「景色を眺めるのも良いが、そろそろ話していい頃合いか」

「……おっけー、わかった」

「何をですか?」


 エスはニコが動揺し過ぎないように、ゆっくりと丁寧に、と言っても内容が内容なので無理なのだが、できるだけ落ち着いた口調で、動じないように自分自身が機械であり、ある程度記憶はあるものの、目覚めたのは最近だということをニコに伝える。


「な、なるほど……だから魔結晶を知らなかったんですか、そう言えば金銭感覚もちょっと変でしたもんね、なるほどっ、そういう事情がー……」


 もっと驚くかと思っていたが、少女は想像以上にすんなりと受け入れてくれた。おかげで馬にも動揺は伝わらず、安全運転できたのは良かったが。


「疑ったりしないんだな」

「嘘をつく理由がありませんし、私は下僕げぼくですからねっ! 御主人様を盲信するものなのですっ!」

「そういうものか?」

「はいっ!」


 自身が奴隷であるというのに悲観的じゃないのは良いことなのかと疑問に思いながらも、エスはとりあえずここは流しておく事にした。


「まあ、ちょっと旅はしてみたかったですし、旅は驚きが多いって聞きましたしっ! これからもっといっぱい驚けると思えばこのぐらいはっ!」

「……ニコ、これより驚くことはあんまりないかも知れないよ?」

「なんとっ!?」


(まあ人が機械になってるなんてこと、旅の驚きの中じゃ上位だろうな)

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