動物王国コルケ(7)

「……でも、奴隷……うぅ」

 事情はわかったが。だが一人の命を、それも奴隷として野党には葛藤がある。


「嫌ならこの話はなしでいい」

「……でも、馬車」

「馬車も、コイツ無しでも売ってやらなくはない、もう少しテストはいるが」

 オギュスタンは長く葛藤するヘルに、諦めたのか馬にやる餌の用意を始める。


「……そうだんさせて……ください」

「好きにせよ」

 ヘルはエスの袖を引っ張って、オギュスタンそしてガイドからも離れた誰にも話しが聞こえないような物陰に移動した。


「……エスはどう思う?」

「どうって、奴隷制度か?」

「……うん、国によって全然違うし」


 奴隷についてどう思うかと言う問は、彼にはかなり難しい。彼が生身で生きていた時代は奴隷という制度は既に廃れており、歴史の中の出来事だ。その歴史の中のイメージもあまり良くはない。


 強い国が弱い国の人間を連れてきて、暴力も含めて無理矢理支配したイメージの方が強い。もちろん奴隷は種類が多く、貧乏な家庭が金持ちに対して身売りをしているタイプの奴隷もあり、その場合はある程度の権利が認められてたりしてるケースもあり、今回はそちらに近いのだというのも、知識としては知っている。


「そもそもの話を聞いていいか?」

「……そもそも?」

「旅人みたいな身分っていうか、不安定な職業で奴隷って雇うものなのか?」


 彼も奴隷については思うところがあるが、一旦奴隷という存在自体は置いておいて、奴隷を自分達みたいな職業が雇うものなのかという疑問を口にする。


「……そこなんだ」

「だって、いつ収入が無くなるかわからないし、命だって保証できないだろ?」

「……そうだよ?」

「それなのに人を雇うのってどうなんだろうって」


 エスが気になっていたのは、旅人というのは、あまり生活に余裕がなさそうな人間も多いというのが簡単に想像できる職業だということだ。


「……私達みたいなのは雇わないかな、でも上位の旅人みたいなのは雇ってる」

「やっぱりそうだよな」

「……旅人として熟練して、自分はお金とか、食費を多く確保できる自信があれば」

「俺達みたいな駆け出しが普通は雇うようなもんじゃないよな……」


 そっとガイドのいる方を見て、ヘラはため息をつく。

「……馬車なんて、言うんじゃなかったかな、私、操縦できる気でいたし」

「実際できるだろ、ここで売ってもらえるレベルじゃなかっただけで」

「……うん」


 ガイドの少女はこちらが見ている事には気づいておらず、不安気な表情だ。

「雇うっていうのはダメなのか。給料を月ごとにだして」

「……ダメだよ、払えなくなった時どうするの、現地の街で解雇したら彼女は路頭に迷うんだよ、ここに返してあげれる保証もないんだよ……自分で旅ができる旅人がそういうお仕事をする事もあるけど、あの子は無理」


「だから雇用という形じゃなくて奴隷として買い取れって事なのか……」

 雇うならば月ごとに給料を払い続ける必要があるが、奴隷ならば旅人の所有物となるので、最初に購入したお金以上を払う必要はない。食料が足りなかったとしても、最悪の場合奴隷の量から減らしても何も文句は言われないのだ。


「……それに、問題なのはお金もだよ」

「それは気になっていたけど、さすがに必要経費として割り切るぞ」

「……そう言うと思ってたけど、正直馬を買うよりも高いよ?」

「だろうな」

「エスの寿命がそれだけ縮むのに、無理にお金は使えない……」


 馬を買うにしても、奴隷を買うにしても、ヘルの手持ちの資金だけでは足りない。エスの魔水晶を節約するために購入したい馬車ではあるが、奴隷まで買うのは想定外ではあるのでヘルだけでは決めれないのだ。


「俺が払うよ、というかそうじゃなかったのか?」

「……ううん、私が出すつもりだった」

「ヘルに渡した魔水晶なんだから……いや、それもヘルの自由だけどさ」

ヘルがそれでも反論しようとするのをエスは止める。


「今回は全部まとめて俺が出す」

「…………」

ヘルは彼の硬い意志を感じて、否定したい気持ちを抑えて頷いた。


「それにさ俺がいなくなってもヘルはあの子に酷くしないだろ、俺の数日であの子の今後を確保してあげれるんだったら……うん、良い使い道だ」

「……エスがそう言うなら……わかった」


 二人の意志は固まった。両方とも奴隷について思うところがあるが、オギュスタンが言うように変な人間に買われてしまうよりも、自分達で買って一緒に旅をする方がマシだと考えた。


「俺達の旅は安全なものじゃありません、それでも良いんですか?」

「良い、旅人奴隷というのはそうあるものだ」

「わかりました、でしたらあの子の身柄は俺達が引き取ります」

 馬に餌をやるオギュスタンの元へと戻ると、購入の意志を伝える。


「意外だな、あの悩み方は断るとは思ったぞ」

「思うところが無いわけではないです」

 慈善で奴隷を見つける度に買っていてはキリがないし、そんなお金の余剰もない。


「……今回はちゃんとした理由があるから」

 しかし今回は彼女が必要な理由がある。慈善だけではないのがヘルの背中を後押しした。


「……けど、お金は金貨としてお払いするには手持ちが足りません、ですので」

 ヘルはエスに視線で合図を送り、エスは魔水晶を腰から三つ取り出した。


「物々交換を魔水晶でか」

「……ダメなら組合で両替してくるので待っててください」

「無用だ、馬車の設備込みでその数でいい」

「……えっ……ありがとうございます」

 今度はヘルが驚いた表情をした。


「……でも良いんですか、馬車もって」

「ちょうど良い余り物がある、詮索は無用」


 オギュスタンは馬の餌やりが終わるまで待てと二人に言ってから作業を続け、作業が終わり次第、二人をガイドの元へと連れて行った。


「ガイド、お前の仕事は今日で終わりだ」

「……っ……はい、わかりました」

「これからはこの夫婦がお前のあるじだ」

 オギュスタンが少女にそう告げると、少女は寂しそうに膝を二人についた。


「封印首輪だ、安物の革製だが問題なかろう」

 オギュスタンが首輪を彼女につけてると、少女を紫色の光が包む。


「登録終わりました、これからはお二人の所有物……です、お願い……します」

 つらそうな彼女を見ているとこっちもつらくなると二人は思ったが、敢えてここで目を逸らすのは少女にとって不誠実だと思って、そらさなかった。


「この馬車は返しておく、新しい馬車は……決めていた物がある」

 オギュスタンは今度は小屋の隣にある倉庫に連れて行く。そこには新品で綺麗な状態に手入れもされている五人乗りのやや大きめの馬車があった。


「これがお前達の馬車だ、馬はさっきの青鹿毛で十分だろう」

「えっ、オギュスタン様っ!?」

「言うな、アレはお前のためを想定して用意した、聞くな」

 ガイドだった少女がこの日で一番深く、オギュスタンの為に頭を下げる。


(なんか込み入った事情でもあったんだな……)

 この場では先程オギュスタンが詮索するなと言っていたので聞かないが、後できちんと聞く必要があるだろう。


「代金は貰う、後は好きにしろ俺は仕事に戻る」

 オギュスタンはエスの手から魔水晶をしっかり三つ回収し、振り向きもせずにその場を後にする。


「……可愛がられてたんだね、あなた」

「そう……みたいです、わかりにくいんですから、オギュスタン様」

彼女は少し涙ぐみながら、オギュスタンが去っていくのを見送った。

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