動物王国コルケ(6)

「今出せる馬はこの辺だな、こいつは芦毛あしげの牡、今はまだ茶色いが一年もすれば真っ白になるだろう、だが気性が荒いのが難点だな、こっちの青鹿毛はあおかげ三歳で若いが落ち着きはある、だが少し牧場で暮らしすぎたな」


 ケンタウロスは牧場を歩きながら、通り過ぎる馬を説明する。

「それで、どういう馬が希望だ……いや、そもそも聞かなければならん」


 彼は一番近くにいた青鹿毛の馬の背中を叩き、こちらに連れてくる。青鹿毛とは真っ黒な経路をしていて、目元や鼻、お尻のちょっとしたところが褐色になっており、基本的には黒い。


「馬車の経験は?」

「……ちょっとだけなら」

「ありません」

 ケンタウロスのオギュスタンはそれを聞いて顔をしかめる。


「乗ってみろ、それから話はしてやる」

「……わかった」

 この世界には馬専用の免許制度は存在していないが、それでも運転できないのに車を売るわけにいかないのと同じで、多少は乗馬できるか確かめる必要がある。


 ヘルが馬に近づくと、その馬はブルンと震えてヘルを威嚇する。

「……落ち着いて……乗せてね?」


 それでもヘルは落ち着いてなだめて、時間をかけて慎重に馬の上に乗って少しの距離を歩行する。


「最低限乗れるだけか」

「……うん」


(このままじゃ買えないかも知れないな……キー、聞こえるか?)

 馬が買えないのはこの先を考えても困るが、気難しいと聞いているし、それ以前に乗馬もできないなら売らないと言われては言い返せない。


【なんでしょうか、マスター】

(乗馬のプログラム……いや、乗馬マニュアルとか今スグに覚えれるか?)

【可能です、初級乗馬マニュアルをインストールします】

(なるべく早く頼む)


 なのでエスも対策をすることにした。本来はもっと早く思いつくべきだったのを少し後悔はしているが、ヘルの乗馬はもう少し続きそうなので、ダウンロードは間に合うだろう。


「……どうですか?」

「素人だな、乗ったことがあるってだけだ」

「……うぅ」

(ヘルはダメだったか……)


 これでは大事な馬を売ってもらうことはできないだろう。

【インストールが完了しました、簡単な乗馬なら可能です】

(キー、ありがとうチャレンジしてみるよ)

「すいません、俺も挑戦してみていいですか?」


 腕を組み何か悩んでいる様子のオギュスタンに、エスは緊張しながら声をかけた。

「お前がか、未経験だと言った」

「はい、ですが勉強したことはあるので」

「勉強だ?」


 オギュスタンは訝しげな表情でエスをみる。

(まずいな、未経験って言ったのはミスだったか)

 未経験と言った手前、危険なのでダメだと断られる可能性がある。


「ダメでしょうか?」

「いや、いい、やって見せろ」

 ダメかも知れないという不安もあったが、オギュスタンは許可をくれる。快諾ではないのは表情から読み取れはしたが。


「許可しないのも不公平であろうよ」

「ありがとうございます」

 エスは深々とオギュスタンに礼をしながら青鹿毛の立派な馬に近づく。


「おっと……!」

 ブルンと一度馬が暴れる。エスは自分より大きな生き物を前に物怖じしそうになるが、動物はこういった不安を感じ取ってしまい、思うようにいかなくなるという情報が脳裏によぎる。


(これもマニュアルの一部かな……とりあえず落ち着いてやろう)

 馬が落ち着くのを待ってから、慎重に背中に乗るエス。


「どうどう、よしいい子だ……それで……こうか」

 ゆっくりと馬を歩かせる。初めて馬に乗ったエスだが、馬術マニュアルは彼の想像以上に優秀だったようで、初めて馬に乗ったとは思えないぐらいに自然と身体が動く。


「乗せてくれと言うだけはある、が、本当に初めてか?」

 オギュスタンはほんの少し眉を動かして、エスの乗馬に関心しながら質問をする。


「……初めてだよ、私が保証するよ……って意味ないね」

「くだらん嘘をつく必要はないな、信じてやる」

 初めてだからというのは今回は何のプラス要素にもならない、むしろ査定にはマイナス要素になりうるものなのだから、嘘をつく方が損だ。


(凄いな、自然と身体が動くコツぐらいは掴んだ後みたいだ……)

 さすがに乗馬というのは経験が必要なので、熟練の馬さばきとまではいかないが、みっちり半年は基礎訓練を受けたかのようにエスは馬を乗りこなした。


「どうでしたか」

「初心者にしてはスジが良い、実戦なしでここまで乗れるのはそういないな」

「ありがとうございます」

「が、惜しい、旅人ならば訓練はしていけないのだろう?」

 オギュスタンは表情を崩さないながらも、真顔で深く息を吐きながら馬を引く。


「訓練ってどのくらいですか?」

「一年は欲しいな、馬車を乗りこなすならば」

「すいません、俺にそんな時間は……」


 一年の乗馬訓練というのは普通ならば十分必要な期間ではあるが、今のエスには長すぎる。彼には残り二年程で自分の燃料問題を解決しないといけないという課題があるのだ。


「ワケありなのだろう……一応だが、どんな馬が好みだ?」

「できるだけ頑丈で、良い馬を」

「なるほど、やはり資金は困ってないか」

「どうしてそう思ったんですか?」


 今までエスは彼に資金の話はしていない、それにも関わらず二人の資金が潤沢であると、オギュスタンは見抜いている。


「まずガイドを雇う余裕、意外と旅人は渋るのだよガイドを」

 エスはヘルを一瞬みると、彼女は軽く頷いて肯定した。


「しかも男爵に餌をあげる余裕もある、これも余裕のある旅人だけだ」

 次に今は遠くにある、ガイドが連れてきた馬車をオギュスタンは見ながら言った。


「身なりを見るに金満とは言わぬようだがな……」

「そうですね……」

「事情は聞かないが、馬を切望しているのはよく理解してやる」

 オギュスタンは馬を引っ張りながら、エス達をガイドの待つ馬車へと連れてくる。


「だが、それとこれとは別、技術が足りないものに馬は売れぬ」

「……わかりました」

 黙ってしまうエスに、残念そうに小声で返すヘル。


「そう残念がるな、お前達の事情を汲んで、代案は用意してやる……おい、ガイド」

「ふえっ!」


 案内役のガイドの少女は、ここまで連れてきたことで仕事のほぼ全てを終わらしていた気でいた為に、気を抜いて馬とじゃれあっていたところに声をかけられ、びっくりして飛び上がる。


「な、なにか粗相でもありましたかっ!?」

「いや、ない、お前、今年だったな?」

「えっ……はい、来月になります」

「丁度良い、前倒しだ、今から


 一瞬で空気が凍りつくのを感じた。ガイドが緊張しただけではない、ヘルも和やかな雰囲気から一転して、気を張り詰めたのがわかる。


「……人身売買もしてるんですか」

「動物は全て売るのがこの国だ」

「……人間も?」

「こやつは人間ではあるが、獣でもあるからな」


 オギュスタンが少女の髪に手を入れて、バチンというゴムとともに髪に隠れていたカチューシャを取り外すと、彼女の頭には熊のような、茶色い耳が姿を見せる。


「獣人……だったのか」

「はいっ、隠しておりまして申し訳ありません、耳と尻尾だけの半端者です……」

 この国では、獣人は獣である割合が少ないほど身分が低いと言っていた。その身分の低いものとは、何を隠そう彼女の事であったのだ。


「ここに来た通り馬車の腕は十分仕込んである、獣人故に護衛も出来る」

「……待って、人身売買は……」

「旅人に抵抗があるのは知っている、だが少女趣味の好事家こうずかの玩具になるのは惜しいほどにこの少女には才がある」

(奴隷として売られるのを匂わしてきたか……断りにくくしたな)


先程の話では来月と言っていた、彼女はその時になれば売られてしまうのだ。

「コレとセットならば馬を売ってやる、馬は今乗った馬だ。どうする?」


予期せぬ段階で、二人は選択肢を迫られた。

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